新時代が来た。
幕開けとか始まりとか、そういうフワッとした次元の話ではなく、わかりやすく明確に新時代が来た。
私達はいつだって、新時代に熱狂する。
如何ともし難い、いつだって付き纏う閉塞感。
その全てを打破し、周りの全てを飲み込みながら強烈な革新をもたらす存在を、私達は常に渇望し、歓迎し、そして熱狂する。
スーファミしか持たぬ私達において、かずきの家にプレステが来た時はびびったべ?
その一方で。
その一方で、新時代が到来する時、当然完璧に当たり前に、旧時代が終焉する。
「二課の三年目の加藤君、今月の売上げ断トツでトップですって!素敵!」
「それに比べて、一課の鈴木係長今月六位だったそうよ。大丈夫かしら」
そ ら そ う よ。
そらそうよ。
鈴木係長は、結構大変。
かつて、営業部のど真ん中で絶対的エースを張り倒していた主任時代とは事情が違う。
違い過ぎる。
まず、体力が無ぇ。
書類作りは、家のパソコンにかじり付いて朝までに仕上げて、出社後は営業周り!って息を巻いていたのは三年前まで。
今や、ニュース番組のスポーツコーナーが始まる前に寝落ち。
あの頃は、何かやらかしたら一緒に頭を下げてくれた課長も偉くなっちまって、もうここには居ねぇ。
自らの意思とは無関係に、どんどん責任もデカくなってゆく。
今、何かやらかしたら、頭を下げるのは部長かな?下手すりゃ社長じゃね?
そんな事より新人の野田君、飲み会で全裸になったらしいから三課に謝りに行かな!
自由の翼がミシミシと折れていく音がする。
しかし、自由と孤独は等価交換で。
自由との引き換えに、年月と比例した同僚や顧客からの信頼がもりもり上がるのはヒシヒシと感じる。
そんな事よりお父さーん!ケンジお風呂に入れてー!つって。
圧倒的幸せもここにある。
アレ?
俺これを手に入れる為に仕事頑張って来たんよな?
もう手に入ってんじゃん!
もう無理する必要ないじゃん!
めでたしめでたし!
と は な ら ね ぇ よ!
なぁ鈴木係長。
俺達の大仕事は、ここからやんなぁ。
鈴木係長や俺達みたいな旧時代勢は、課長に昇進するその前に、現場にいる内に、旧旧時代となる前に、絶対にやらなきゃいけない最後にして最大の大仕事が待ってるぜ。
そうよ。
新時代は、誰だってワクワクする。
けれども新時代は、誰だってソワソワする。
新しいって事は、誰も見た事がないって事で、誰も見た事がないって事は、それが正しいかどうかなんて誰にもわからねぇ。
だから、誰かが「この新時代は正しい」という証明をしなきゃいけない訳で。
それが出来るのは誰かっつーと、鈴木係長や私達、旧時代勢。
オーケーだ。
任せとけ。
その為には。
もう一度、もう一度だけでも、あの瞬間の輝きを取り戻さなければならない。
クタクタになって帰り、ケンジをお風呂に入れたなら、眠たくなる前に自分ビンタをくれてやって、リゲイン飲んで、朝までに書類を作ってよ。
明日は新人の野田君連れて、時間の許す限りアホみたいに営業周りしてよ。
あの時のように魂燃やして、あの時のように明日の事なんか考えず、今だけ、今一瞬の数字の為だけに、命を燃やす。
新人の野田君には、「係長そのやり方非効率っすよねー」とか言われながらよ。
受付けの高木君には、「係長最近外周りばっかり行ってるよねー。不倫でもしてるのかしら」とか言われて、でも、同期の美穂ちゃんには「最近の鈴木君カッコいいよね!」とか言われちゃったりしながらよ。
もう無理よ?ってなってから、いや、まだまだこんなもんじゃねぇ!つって踏ん張って。
泥被って頭下げて、泣いて笑って、胃が千切れそうな程思い悩んだその先でよ。
もしかしたら今の俺だって、新時代のあいつに勝てるかも知れねぇ。
いや、勝たなきゃならねぇ。
いや、年間売上げとかは無理よ?
倒れてまうわ!
でも月間、いや、せめて週間売上げくらいは、勝たなきゃいけねぇ。
んでさ、美穂ちゃんとランチでこっそりお祝いしたり。
オーケー。
やる気出て来た。
でもよ。
考えたくもねぇけれど。
最後の一滴まで絞り出して、真っ白な灰すら残らないくらい燃え尽きた、その一瞬の輝きでさえ、新時代のあいつに及ばなかったその時にはよ。
あー、あの鈴木係長があそこまでやっても勝てないんだって。
新時代は正しい道なんだって。
みんなが認めてくれるはずだからさ。
俺は、最後まで戦い抜くよ。
おい新時代!!!
俺はまだまだお前の噛ませ犬じゃねぇーぞ!
この間お前がデカい契約取って来た時にガッツポーズしたのは、ありゃ間違いだ!
嬉しいかったんじゃねー!!
悔しかったんだ!!!
さぁかかって来いよ!
俺はまだまだ燃えてるぜ!!!
そんな、愛と勇気だけが友達の話。