
過日、家内が歯が痛いと言い始めた。
私は幼少期より、何故だかよく分からんが虫歯にならぬ特殊体質なので、どれくらい痛いのかは検討もつかんがともかく歯が痛いらしかった。
私は、歯医者へ行けと言った。
痛さの加減は分からんが誰だって痛いのは嫌であろう。
ましてや、先日やっていた健康番組の虫歯特集では『虫歯は最悪の場合死に至る』と言っていた。
怖ぇ。
物凄く怖ぇ。
まぁ頭痛特集の時も、風邪特集の時も『最悪の場合死に至る』と言っていたので、大袈裟に言っているのやも知らんが、私は歯医者へ行けと言った。
家内に死なれたら私はとても困る。
私は、年間三百日程の出張に出掛けるので家の中の事がさっぱり分からない。
バスタオルがどこにあるかも分からない。
飯も作れないし、洗濯機の回し方もイマイチ分かっていない。
私は、何も出来ない。
そして何より、三十回位拝み倒してやっと妻となってもらった女に死なれたら物凄く悲しい。
出来たら来世も一緒にいて欲しいな。
と、思うほど愛している女に、いくら確率が低くとも現世で『死に至る』可能性があるのは嫌すぎる。
だから私は、歯医者へ行けと言った。
五月に言った。
今は十一月である。
もう一度言う。
今は十一月である。
今月に入りようやく家内は歯医者に行った。
幸い、死に至る事無く虫歯の治療だけで終わったが、彼女は半年近く歯が痛いのを放置していたのである。
全くもって意味が分からない。
過日、我が社の若手営業マンである和(カズ)くんが肺辺りが苦しいと家内に言い出したらしい。
家内曰く、咳き込む事が多くなり、なんだか苦しそうであったらしい。
家内は、病院へ行けと言ったそうだ。
私と和くんは出張が多く、お互い顔を合わせる機会が少ないので、私は気づかなかった。
しかし異変に気付いた家内が問いただしたところ、『実は肺あたりがちょっと苦しいんです』と言い出したそうだ。
それを聞いた家内は、和くんに病院へ行けと言った。
肺の病気は怖いので、大事になる前にすぐに病院へ行けと家内は言ったらしい。
休みの日に行くか、何だったら病院行くために仕事を休んでも良いから病院へ行けと言ったらしい。
五月に言ったらしい。
今は十一月である。
もう一度言う。
今は十一月である。
その話を今月に入って初めて聞いた私はブチ切れて、すぐさま仕事を休ませ病院で検査を受けさせた。
幸い、軽い気管支の炎症であったらしく大事には至らなかったが、彼は苦しいのを半年近く放置していたのである。
大きな病気に発展していたらどうするんだ。
全くもって意味が分からない。
過日、私は最近異常に高頻度で屁をこく事に気づいた。
以前はあまり意識した事はなかったが、凄ぇ頻度で屁をこく様になった。
最初に異変に気付いたのは家内であった。
一緒にいる時、起きている間はまだしも寝ている間も結構オナラしてるよ。と言われた。
なんか物凄ぇ恥ずかしかった。
そう言われてみると接客業を営む私は、仕事中はまさかお客様の前で屁をかます訳にはいかないので、バックヤードやトイレなどに行って屁をこくのだが、その回数が明らかに増えている。
ひどい時には、一時間に三回位屁をこきに行く。
更に、同時期にゲップの回数も増えた。
以前は炭酸飲料を飲んだ時位にしか出なかったゲップが、何も飲まなくても出る。
明らかな異変であった。
屁とゲップが止めどなく出る。
更に更になんだかよく分からんが、腹も張っている気がする。
なんかガスでも溜まってるんかなぁ。
てな事を私はヘラヘラと家内と和くんに言った。
すると二人は私に、病院へ行けと言った。
ヘラヘラとする私に対して、二人は結構マジなトーンで病院へ行けと言った。
二人曰く、屁がクサイ事ぐらいは良いとしても腸とかの病気は怖いし、何か大きな病気に発展して倒れられたら困るから、今すぐに病院へ行けと言った。
二人は声を揃えて、病院へ行けと言った。
ちょっとキレ気味で、病院へ行けと言った。
十一月に言った。
去年の十一月に言った。
今は十一月である。
もう一度言う。
一年後の十一月である。
私はこの一年間、二人にやいのやいの言われ続ける中、更には『俺、最近屁とゲップが止まらへんねーん』などとヘラヘラと話した知人全てに、『病院へ行け』と言われた。
にも関わらず一年間放置して、二人が歯医者や病院に行く姿を見てようやく自分も病院へ行った。
幸い、私の症状は呑気症というもので、無意識のうちに空気を体に溜めてしまうものらしいのだが、医師曰く、健康被害は特に無く、よく噛んで食事をとれば改善するものであると言われた。
そしてここ一週間位よく噛む事を心掛けて食事をとっていたら、なる程ゲップも屁も出なくなった。
だが、あのまま放置して大きな病気にでもかかっていたらと思うと、今更ながらゾッとする。
全くもって意味が分からない行動である。
人は皆、自分の大切な人が体調を崩していたりすると、『病院へ行け』と言う。
そらそうよ。
自分の大切な人がしんどかったり、痛かったりするのは悲しいので、とりあえず病院へ行けと言う。
我慢したり、面倒くさがらずに病院へ行く事が最善の方法である事をみんな理解しているので、自分の大切な人には『病院へ行け』と言う。
私なんぞ大変お節介おじさんであるので、よく知らない人であっても体調が悪そうであれば、ついつい『病院へ行け』と言う。
しかしながら、言われた本人はなかなか病院へ行かない。
うっかり我慢してしまったり、面倒くさがったりしてしまう。
なぜこんな事になるかというと、それは多分、テメェ自身が誰かの大切な人であるという事を自覚出来ていないからなのだと私は思う。
目の前の大切な人がしんどかったら悲しいのと同じ様に、テメェがしんどかったら誰かが悲しいという事が理解出来ていない。
テメェが悲しいのは嫌だが、人が悲しむのは良いというのは、いかにも自分勝手である。
人としての矜持に悖る。
という訳で。
私は今から、最近またデカくなってきたイボ痔を診てもらいに肛門科へ行ってくる。
愛する夫や、尊敬する社長がケツを痛がる姿を見るのは悲しかろう。
自惚れかも知らぬが、そう思う事にする。
病院は決してテメェの為に行くのではなく、誰かを悲しませない為に行くのだと、思うがゆえである。
そんな、これを読んだ体調の悪いヤツも今すぐ病院行けよという話。