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森猛 伊亮

森猛 伊亮
中学校卒業後、不動産屋や大工、果ては証券屋やボーイなど様々な経験をつみながら、デンジャラスかつクレイジーな生活を経て、2013年より独立。

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マスクを外せるまでが緊急事態ですの話

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遠足は家に帰るまでが遠足です!

教頭はバカなんじゃねーかと思った小四の春。

いやいや、もう遠足終わったんやから、つまんない話はさっさと終わらせて早く家に帰らせてくれ、と思った小四の春。


ごめん教頭。


バカなのは俺だった。

教頭の言う通りだった。

と、気づいた三十四歳の初夏。

いや、むしろ帰ってからが本番と言っても過言では無いんじゃねーか、とか思い始めた三十四歳の初夏。




落ち着き無いこと風の如しであった私は、教室にじっとしているのが嫌なこと山の如しであったので、遠足とか校外学習が楽しいこと火の如しであった。

小学生の私は中々クレイジーなヤツであったので、友達と呼べる者がほとんどおらず、こういうイベント事での〝班決め〟とか〝ペア決め〟の時間は悲しいこと林の如しであったのだが、そういう事を差し引いても〝教室の外に出られる〟ということは、私にとっての風林火山であった。

そんな、スーパー信玄タイムが終わった後に、『家に帰るまでが遠足です!』とか言われても、いやいやいや、終わっちゃったよ俺の甲斐の国。とか思っていたが、全然終わってはいなかった。


全く終わっていなかった。


遠足なんてものは、その時楽しいかどうかよりもその後の方がよっぽど大事である。

つまり、ゴリラにウンコを投げられ、めでたくうんこ系あだ名を襲名した坂井が、今やぶっちぎりのエリートサラリーマンになっていたり、クラスメイトと離れてじーっとキリンを見つめ続けていたクレイジーな私が、案外普通の大人になっていることの方がよほど大事なのである。

その後。

大事なのは、何か事が起きたその後である。




とまぁ、前置きがラクダの眉毛かな?っていう位長くなったが、ここからが本題である。

今日、私が何を言いたいかというと。



『これ、いつになったらマスク外して良いの?』



と、いう話である。


いや、別に『そろそろマスク外させろー!』なんぞと抗議をしたい訳ではない。


正直、私自身も現在街中でマスクをしてない人を見るとなんとなく得もいえぬアンニョイな気持ちになるし、例え全裸でもマスクだけ着用してたらオッケーともさえ思える。


なので、全然やぶさかではない。


一応私も人類の一員として、未知のウィルス拡大防止の為にマスクを着用する事は、もちろん全くやぶさかではない。


しかし。

しかしである。


遂に緊急事態宣言が全国的に解除され徐々に日常が戻って来てはいるが、マスクを長時間着用する事によって私は現在至極個人的な緊急事態に陥っている。

ちょっとしたパニックである。




まず、私の耳は常人と比べてやんごとなき程小さい。

生まれてこの方『逆福耳』あるいは『人の話を聞かない耳』という、あんまり嬉しくないキャッチコピーを欲しいままにする耳である。


その姿、まるで林の如しである。


常人の耳を仮に森とするならば、あたかも林、下手すりゃ木くらいの大きさである。

確かに人の話は全然聞かないのだが、ほとんど運だけで生きている程の強運持ちの私にとって、別段小さな耳に困った事はこれまで無かったが、常にマスクを着用するとなると話が変わってくる。

世の常として、ヤワラちゃんなんかの一部の例外を除いて強いヤツはデカイのである。


裏を返せば小さいものは弱いのである。


この法則に則って、マスクを着用し始めてから私の小さな耳には直径5ミリくらいのおできが出来て、マスク紐が当たる度に耳がちぎれるんじゃねーかというほど痛ぇ。


ちょっと血も出ている。


〝耳に負担のかからないマスク〟なる物も試してみたがてんで意味がなく変わらず痛ぇ。

しかもこの〝耳に負担がかからないマスク〟とやらは。

デカイ顔に対して小さすぎる耳にはしっかりと紐が引っかからず、電車での移動中などに突如としてポロっと紐が外れて口元が露見し、まるでコート姿から突如裸を露出する変質者の様な事態に陥る。


大変恥ずかしい。


この時節、下半身を露出した方がいくらかマシである。

苦肉の策として、痛ぇところにテッシュを挟むという強固策を実施して多少はマシになったものの、痛ぇものは痛ぇ。

いくら小さくとも私にとっては大切な耳なので、いつの日かいきなりポロっと取れない事を願う。




とは言え、私のように小さな耳の方でなくとも、マスクを着用して耳周りが痛い方は大勢いらっしゃると思う。

だが、私の場合はそれに加えて普段から動かざる事山の如しの運動不足であり、今時珍しいゴリゴリの喫煙者である。


運動不足で喫煙者のおじさんは、とてもか弱いのである。


ちょっと動いただけでぜぇぜぇと息切れするのである。


そんな、か弱きおじさんがマスクを着けている事を忘れて駅の階段なんぞをちょっと急いで登ったらさぁ大変。

マスクが空気を遮断して、ちょっと信じられない位パニックになる。


陸に上がった鯉の様になる。


ちょっと泣きそうになった。



更に。

更にである。

耳が痛い、息苦しいに加えて、私はマスクの着用によりテメェの身にとんでもねぇ緊急事態が起こっている事につい先程気づいた。



私の身体は幼少期より、どうやらメラニン色素とやらが人より多く含まれているらしい。

ゆえに、毎年五月頃から夏が近づくにつれ、風の如し速さでほとんど正露丸に目鼻がついた様な顔になる。

更に仕事中は長袖であるスーツを着用しているので、毎年黒い手袋を嵌めている様になる。


そんな私がマスクを着用するとどうなるか。


さっき鏡を見てびっくりした。

マスクを着用している顔の下半分としていない上半分がくっきりと色分けされており。



マスクの下にマスクをしている様である。

マトリョーシカみたいである。



息苦しさや血の滲む耳、更にはツートンカラーの顔面。

全てを解決するにはもはやこれしかない、と、先程押入れからアイマスクを取り出して着用してみた。

するとこれが大変具合が良く、マスクにまつわる全ての苦悩から解放された。

前から薄々気づいていたが、もしかしたら俺は天才なんじゃねーかと思った。


しかし。


よくよく考えれば口元がガラ空きで本末転倒なこと火の如しであった。


アホである。




とまぁ。

テメェの様々な身体的欠陥のせいにより、全国の緊急事態宣言が解除された今でも私は常に緊急事態である。

しかし、巷で噂される第二波とやらが来たら怖いので、痛ぇ耳、息苦しさ、更にはマトリョーシカみたいな顔を受け入れて、今日もしっかりマスクを着用しようと思う。


なのでいつか。


ちょっといつの日になるかは分からんが、もし〝もうマスク外しても大丈夫〟という日が来たらどこかの専門家の偉い人。

どうぞ『明日からマスク外して大丈夫!』と高らかに宣言して頂きたい。

テメェではいつまで着用すれば良いのか全く判断出来ないので、どうぞ高らかに宣言して頂きたい。

でないと、私はいつまでも一人緊急事態である。



そんな、ちょっと無性に風林火山って言いたくなっただけの話。