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森猛 伊亮

森猛 伊亮
中学校卒業後、不動産屋や大工、果ては証券屋やボーイなど様々な経験をつみながら、デンジャラスかつクレイジーな生活を経て、2013年より独立。

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勘違いの話

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過日、私は九州某県に出張中であった。

 

午前中の仕事を終えたので、さぁ昼飯にするかと思ったのだが、この日の仕事場から徒歩で行ける飲食店は、某ファミレス店一件だけであった。

 

ちょうどお昼時であり、ファミレスは三組の順番待ちであった。

 

私は店員に『1名です』と伝えると『順番にお呼びしますので、こちらにお名前を記入してお待ち下さい』と促された。

 

『はいはーい』と答え、名前を記入しようとしたところで私は固まった。

 

私が記入しようとした欄の五組上、つまり既に入店しており、名前に横線が引かれている客の中にヤツがいた、、、

 

 

 

エドガワコナン様。

 

 

 

ヤバイ、あの探偵がこの中にいる。

 

ということは、このファミレス内で少なくとも二人は死ぬ。

 

よしんば劇場版であれば、ファミレスごと爆破される可能性すらある。

 

怖い。

これは怖い。

 

あの探偵がいてそれに付随する殺人鬼や爆弾犯がいるのも怖いが、いなけりゃいないでアレを書いたクレイジーなヤツがこの中にいるのである。

 

それはそれで怖い。

 

幸いなことに全身黒タイツのヤツには遭遇しなかったが、仕事の帰り道に劇場版コナンのDVDを借りて帰ったのは言うまでも無い。

 

あのイタズラが、夏休みの親子連れを狙った映画配給会社の新手のプロモーションであれば殺人鬼やクレイジー客より尚怖いし、ドップリと乗っかる自分はもっと怖い。

 

いったいアレはなんだったのであろうか。

 

 

 

さて、ここから話は大きく変わるのだが、コナンと言えば私はつい最近まで物凄ぇ勘違いをしておった。

 

今年34才になる私であるが、遡る事20年以上前、小学生の私には親友がいた。

 

その親友である彼は、近所に住むガードマンをしているおじさんであった。

 

スーパーの駐車場で交通整理をしていたおじさんと小学生の私は、何かの拍子に意気投合し、私はよくおじさんの家に遊びに行っていた。

 

家族には内緒の秘密の関係である。

 

今考えるとほとんど誘拐である。

 

そして、その親友は漫画が好きであった。

 

ジャンプやマガジンなどの少年誌を毎週買ってくるのだが、彼が買ってくる漫画を読むのは、当時私の最大の楽しみであった。

 

件のコナンは『少年サンデー』という少年誌に掲載されており、彼はそれを毎週木曜日に買ってくるのだが、私は彼が買ってきた翌日、つまり金曜日に読む事になる。

 

 

 

もうお察しであろう。

 

私は花の中卒である。

 

その卒業した中学校ですら、教室はお昼寝をする所であったので、まともに授業なんぞは受けていないのである。

 

『サンデーとは曜日である』と言う事は認識していた。

 

それぐらいは分かる。

 

しかし私は、まさかそれが日曜日だとは思わずに、ずっと金曜日の事だと思っていた。

 

ほんのつい最近まで思っていた。

 

 

 

私とは違い高学歴で多言語を操る家内と、今は亡き『プレミアムフライデー』の話題になった時に、この勘違いは発覚した。

 

以下家内との会話。

 

家内『プレミアムフライデーって本当意味無かったよねぇー。最終の金曜日とかみんな忙しいし』

 

私『?。金曜関係ないやん』

 

家内『え?プレミアムフライデーの話やで?』

 

私『だから金曜関係無いやん』

 

家内『???』

 

私『!!?』

 

てな具合で私の勘違いは発覚したのだが、家内には爆笑された。

 

その後、彼女は『♪金曜のおかずはフライデー♪』などと歌いながら、まさかの踊り付きで全ての曜日を解説してくれた。

 

なかなか優しい女である。

 

しかし恥ずかしい。

物凄く恥ずかしい。

 

愛する女に無知を晒すのはとても恥ずかしい。

 

が、無知に気づかずに生きてゆくのは、知らないおじさんに誘拐されるより怖い事だと信ずるので、これで良かったと思う。

 

 

 

しかし、このサンデーは笑って済ませられる罪の軽い『勘違い』である。

 

いや、当人からするとやや笑えない深刻な勘違いなのではあるが、それにしたって人生においての致命傷にはなるまい。

 

だが、人生においては結構な致命傷になる勘違いはままある。

 

そして、そういった類の勘違いは多くのものを失う事を、私は経験上よーく知っている。

 

 

 

過去の稿に記している通り、私は十代のある時期から二十代前半のある時期まで、大阪のとある不動産屋に勤めていた。

 

当時は折しもの好景気、あの悪夢の様なリーマンショックが起こる前の話である。

 

他の地方の状況はよく分からんが、当時大阪近辺の不動産市場はグングン成長、賃貸、売買ともに非常に活況であった。

 

テレビの中ではヒルズ族とやらが流行し、私を含めた成り上がりを目論む落ちこぼれ組達は、皆時代の寵児を目指していた。

 

 

 

そして実際当時はモリモリ儲かった。

 

業者はドンドン物件を建てて、お客はガンガンそれを買う。

 

出来た物件から早い者勝ちの争奪戦。

むしろ完成する前から物件が飛ぶように売れてゆく。

 

ちょっと高いんじゃ無い?とか思っても、ものの半年やそこらで値段は跳ね上がるので、帳尻は合うようになっていた。

 

もう完全にバブル、お祭りである。

 

お客も商品も止めどなくあふれてくるのだから、おそらくゴリラが不動産屋をしても儲かった。

 

が、それは今振り返って初めて気づく事であり、当時は私や私の雇い主であった社長、それだけではなく周りの業者や仲間。

 

皆が皆、好景気のお陰で商売が上手くいっているなどとは夢にも思っていないので、全員が自らを時代の寵児だと『勘違い』していた。

 

そして、大した苦労もせずに儲かった金は全然大事にしない。

 

毎日の様に夜の街へと繰り出して、よくわからないネェエちゃんと、味もわからない酒を浴びる。

 

そして、しこたま稼いだ金がめでたく全て小便に変わり、祭りが全て終わったころに突然気づく。

 

あぁ、全部勘違いやったと。

 

 

 

人は誰しも良い時は『何となく良いな〜』位にしか認識出来ないが、ダメな時は『もはやこれまで』と、はっきりと認識出来る。

 

それはなにも商売だけの話ではなく、例えば夫婦関係であったり、友人関係でもそうだと思う。

 

何故そんな事になるかというと、おそらくそれは、この『何となく良いな〜』の正体が、たまさかの運、あるいは周りの人間の力であるからなのだと私は思う。

 

私はあのバブルが弾けた後しばらく、思い出したくもない人生の暗黒期に突入した。

 

食うのにも困る、本当に最低な時期であった。

 

そんな時、私はとあるジジイに拾われ恩義を掛けてもらった。

 

親を持たぬ私にとって、ほとんど父の様な存在であったこのジジイは、何かにつけて『勘違いしたらあかんぞ』と、よく言っていた。

 

言った方は何気ない言葉だったのかも知らんが、言われた当人は自分の力で何でも出来るという私の根底にある『勘違い』を正そうとしてくれているのだ。と、勝手に解釈して勝手に感謝していた。

 

 

 

五年ほど前、色々あった私はこのジジイの元を離れ、突如として自分で商売を始めた。

 

昔と比べて派手な商売はしていないが、お陰様で地道に地道に、食うには困らぬ位の商いは出来ている。

 

こうなって今思うのは、自分一人の力など本当にちっぽけなものだと思う。

 

しかし、私は大変バカなのでたまに大きな商談が決まったりすると、いまだに『俺天才なんじゃね?』とか勘違いしてしまったりもする。

 

本当にバカである。

 

だがその度に、食えぬ時代の事や父であったジジイの言葉を思い出して、私は自分を戒める。

 

たまさかの運と、支えてくれる沢山の人達。

 

私は今、そういうものに恵まれている。

 

誠にラッキーである。

 

この状態を維持するためにも、そういうものがあって当たり前とは決して勘違いせずに、私はこれからも日々の努力を重ねていきたいと思う。

 

『勘違い』とは本当に怖い。

皆様もお気をつけを。

 

 

 

しかし、、、

 

こうやって読み返してみると、今日も良い記事が書けた。

 

やっぱり俺。

 

天才なんじゃねーか!?

 

 

 

そんな、都合良く取り違える話。

 

 

 

 

 

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