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森猛 伊亮

森猛 伊亮
中学校卒業後、不動産屋や大工、果ては証券屋やボーイなど様々な経験をつみながら、デンジャラスかつクレイジーな生活を経て、2013年より独立。

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再びナビの話

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再びと言うからには『ナビの話』という稿があった訳で、この時は迷子のロシア人救出の話であった。(ご興味のある方は当サイト内2019年3月14日付『ナビの話』をご参照の程)

 

ナビの話に記した通り、私は何故か普通ではないペースで道を聞かれたりするので、外国人観光客が急増した最近では、ほとんど歩く迷子センターと化している。

 

ほんの二時間前も高島屋の売り場の中で、『タカシマヤはドコデスカ?』と中国人観光客とおぼしき青年に尋ねられた。

 

『ここや!』とツッコむと、はにかんでキャラメルをくれたなかなかお茶目な青年であった。

 

とまぁ、大人や子供、日本人でも外国人でも道に迷った人を案内したエピソードには枚挙に暇ないお節介ナビおじさんの私であるが、過日、あろう事かテメェ自身が迷子になってしまった。

 

 

 

その日、私はとある学生服メーカーさんから学制服の販売を依頼されて、東北某県の港町に出張していた。

 

三日間の仕事の最終日であり、依頼された制服の売れ行きもすこぶる好調であったので、私は大変ゴキゲンであった。

 

仕事の片付けが終わり、書類や商品を次の現場へ送る配送手続きが済んだのが午後の4時。

 

翌々日には同県内の違う町にて同じ仕事をする。

 

私の自宅は広島であり、一旦帰る訳にもいかんので翌日は次の町で現地休暇という事になっていた。

 

かなりの田舎町であるので電車は二時間に一本しか無く、乗り継ぎも悪いため、同県内とはいえ次の町へは電車を二本乗り継ぎ三時間半程かかる。

 

4時半の電車に乗り込めば、5時過ぎに乗り継ぎ駅に着き、その駅から6時過ぎに発車する電車に乗れば、8時前には目的地に着く予定である。

 

 

 

普段の私であればダッシュでその電車へ乗り込んでいるのだが、その日は昼食が早かったので少し腹が減っており何か食いたいと思った。

 

次の6時半の電車に乗れば、10時頃には目的地に到着する。

 

その電車が終電ではあるが、当日中に辿り着けば問題は無いので、時間的には余裕はある。

 

何となくゴキゲンであるし翌日は休みという開放感もあり、私はその日にお孫さんの制服を購入してくれた陽気なご夫婦が営んでいるという海鮮丼屋さんへ行く事にした。

 

 

 

駅から歩いて10分程の場所にあるその店は、海鮮丼屋というよりも立派な寿司屋の店構えであった。

 

話を聞くところでは、この店は以前は寿司屋であったのだが、ご主人が高齢になり寿司を握るのが難しくなり、後継ぎもおらんので海鮮丼屋になったとの事である。

 

入店すると女将さんが何やら話掛けてくれた。

物凄ぇ陽気な女将である。

 

おそらく『さっきの制服屋さんだね?良く来てくれたね〜。注文は何にする?』と言ってくれたのであろうが、方言がキツすぎてほとんどフランス語である。

 

八割方何を言っているか分からない。

 

とりあえず、言葉もメニューも分からんので、『おススメを下さい』と言うと、ご主人がそれはそれは美味そうな海鮮丼を作ってくれた。

 

一口食べてびっくりした。

 

ただ事では無い美味さである。

 

美味い美味いと食っていると、これまた陽気なご主人が美味さの秘密を解説してくれた。

 

どうやらシャリの味付けに秘密があるらしい。

 

美味いものと気持ちがあれば、私のネイティブな関西弁と、ほぼフランス語でも完璧に通じるのである。

 

余りの美味さに感動し、二人と謎の記念撮影までした私は、そろそろ電車の時間なのでと店を出た。

 

 

 

駅まで歩いた私は6時過ぎには切符も買って、6時半の電車に乗った。

 

7時過ぎには乗り継ぎ駅に着き、この駅で一時間程待って8時半の電車に乗れば10時前には終着駅である目的地に到着する。

 

電車が来るまで一時間少々。

 

スマホの充電も危ういので、私は読みかけていた川端康成の名作『千羽鶴』なんぞを読みながら駅のホームでお利口に待った。

 

言うまでもないが、やはり川端康成は天才である。

 

夢中になって読みふけっていると、とんでもない速さで一時間程が経ち電車が来た。

 

この電車に乗り、終着駅に着けばそこは目的地である。

 

 

 

さて、しばらく電車に揺られていると千羽鶴を読み終えた。

 

何十回読んでもおもしろ過ぎる。

やはり川端康成は天才である。

 

だが、何かがおかしい。

 

何がおかしいって、読み終えるはずが無いのである。

 

いくら途中から読み始めたとは言え、私の普段の読書スピードからすると三十分くらいは読み終えるのが早い計算である。

 

最後の方は電車を降りた後にホテルで読むはずであった。

 

何となく嫌な予感がしてスマホを見た。

 

 

 

10時15分である。

 

 

 

はて。

 

10時前には到着しているはずである。

 

色々な思いが走馬灯の様に駆け巡る。

 

『田舎やから電車遅れてるんじゃねぇか』

偏見である。

 

『到着時刻勘違いしたんじゃねぇか』

何度も確認した。

 

『夢なんじゃねぇか』

そんな訳は無い。

 

あらゆる希望的観測はもちろん全て的外れであり、私はそうと知らずに同じホームから出る逆方向の電車に乗っていたのである。

 

ここは東京ではない。

 

この時間、折り返しの電車など絶対に無い。

 

絶望感が半端ではない。

 

 

 

だがしかし、私は急に冷静になった。

 

そう言えば、昔こういったシュチュエーションの映画を見た事がある。

 

その映画では、電車内で寝てしまった男が終着駅で出会った美しき女性と燃える様な恋に落ちるのである。

 

出演者は失念したが、あらすじ的に美しき女性には松雪泰子さんあたりがぴったりであろう。

 

ロマンチックである。

 

よしんばそんな奇跡が起きなくとも、いくら田舎とはいえ終着駅にはホテル位あるだろうし、海を見ながらこんな出来事にたそがれるのもまた一興ではないか。

 

元々泊まる予定であったホテル代も、沢山売れた制服のおかげでそこまで痛くない。

 

てな事を考えて、私はむしろウキウキしながら逆方向の終着駅到着を待った。

 

 

 

間も無く終着駅へ到着し、切符を車掌さんに渡すと、フランス語らしき言葉で差額を請求されたので支払った。

 

降車客は私一人であった。

 

私は田舎をナメていた、、、

 

降り立ったその場所は私の認識では駅ではなく、イナバ物置きにみえる。

 

当然駅員さんもいない。

 

かなりの山奥である。

 

海もホテルも、民家すら見当たらない。

 

もの凄ぇ怖い。

 

松雪泰子どころか熊が出そうである。

 

いくら能天気な私でも流石に焦る。

 

 

 

急いでスマホを取り出して地図を見たところ、10キロ程離れた場所に旅館がある様である。

 

すぐに電話を掛けるが何度掛けても出ない。

 

パニックである。

 

スマホが言うには二時間歩けばこの旅館に着くらしい。

 

ホームページも無いので営業しているかも分からんが、この状況では行くしかない。

 

重たいキャリーケースをこの時ほど呪った日はない。

 

私は決心して歩き始めた。

 

 

 

歩き始めて10分後。

 

もの凄ぇ疲れた。

 

日頃の運動不足が露骨に出ている。

 

 

 

更に五分後。

 

非常にマズイ事が起こる、、、

 

うんこがしたい。

 

トイレなどあるはずがない。

 

一瞬、駅に急いで戻ろうと思ったが、あれは駅ではなくイナバ物置きである。

 

トイレなど無い。

 

事態は切迫している。

 

歩いた事による汗、我慢をする事による脂汗、共にしたたる様に落ちてくる。

 

しかし、人間の人間たるゆえんは野グソを潔しとしない事である。

 

我が家の愛犬おもち君ですら、散歩中は野グソはするが家ではちゃんとトイレでする。

 

とはいえ、私はおもち君と違いパンツをはいている。

 

こんもりパンツで二時間歩くというのはダイナマイトを抱いて、キャンプファイヤーに行くのと同じくらい危険な行為である。

 

 

 

私は決心して野グソをタレた。

 

この際、書類や商品は次の店舗に送っていたので、私の持ち物は、ペットボトルの水2本、着替えの衣類、スマホ、財布、手帳、千羽鶴である。

 

優先順位を決めるのは大変心苦しかったが、私に文学の面白さを教えてくれた天国の川端康成に詫びながら、泣く泣く千羽鶴でケツを拭いた。

 

私はブツとクソまみれの千羽鶴をペットボトルに詰めながら、人生最大の『俺何してるんやろう』を味わった。

 

もう迷子というより遭難である。

 

 

 

だがしかし、再び歩き始めて10分程経った時、奇跡が起こる。

 

向こうから車が走って来た。

 

私は全力で手を振った。

 

するとこの車は停車してくれ、田中邦衛風のおじさんが窓から顔を出してくれた。

 

いくばくかマイルドなフランス語で事情を聞いてくれたこの田中邦衛風のおじさんは、とても優しいおじさんで、家族に電話をしてすぐに私を車に乗る様に言ってくれた。

 

私はうんこ入りペットボトルを悟られぬ様に車に乗り込み、胸を撫で下ろした。

 

そして、この天使の様なおじさんは、先程の駅からいくつか引き戻った駅にホテルがあるからそこまで送ってやると言ってくれた。

 

今思えばこのおじさんは、田中邦衛風な顔をした天使であったと思う。

 

ホテルに着いた時に、いくらかのお礼を渡そうとしても決して受け取ろうとせず、何か送るからと住所を聞いても頑なに教えようとしなかった。

 

もしかしたら、ペットボトルの存在に気づいていて、『不審者怖い!』と思った可能性はあるが、こういう事はなかなか人間には出来ないので、やっぱり天使だったんだと思う。

 

私は何度も何度もお礼を言った。

 

本当に助かった。

 

 

 

 

人は、行った事のない場所で迷ったりすると物凄く怖い。

 

それは何も道や場所だけではなく、知らない仕事を任されたりして迷っている時などにも凄く怖い。

 

何にしたって知らない事は怖いのである。

 

更に、解決する手段が思い付かない時はその怖さが一層増す。

 

そして、そんな人を自身の周りで見かけた時、あの天使の様に優しく目的地までナビ出来る人は、とてもカッコ良く、とても素敵な人なんだと私は思う。

 

後、、、

 

 

 

ティッシュはいつも持ち歩いた方が良いとも思う。

 

 

そんな、松雪泰子は山の中にはいない話。






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