ここで会ったが木曜日

木曜日は『木曜日の話』月曜日は『月曜日の辞書』

森猛 伊亮

森猛 伊亮
中学校卒業後、不動産屋や大工、果ては証券屋やボーイなど様々な経験をつみながら、デンジャラスかつクレイジーな生活を経て、2013年より独立。

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フロリダの話

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さて、時の流れは速いもので2019年も半分以上が過ぎ去った。

 

あんまりにも速すぎて、このままだとすぐにおじいちゃんになりそうだ。

 

現在の私はおじいちゃんでは無いが、三十三歳というお兄ちゃんとおじさんの狭間に揺れ動く微妙なお年頃である。

 

徐々におデコが広くなってきた以外は、心身共に充実しており、自身を若者と認識しておったが、先日ショッキングな出来事があった。

 

 

 

その日私は、昔良く面倒を見ていた後輩に電話をかけたのだが、その後輩は電話に出なかった。

 

せっかちな私はラリアットでもかましてやろうかと思ったが、良く考えたら別に急ぐ用でも無いので大人しく折り返しの電話を待った。

 

十五分程すると、その後輩から電話がかかってきたのだが、彼は開口一番よく分からん事を言った。

 

『すみません!フロリダでした!』

 

全く意味が分からない。

 

聞き間違いかと思ったが、彼は間違い無く『フロリダでした』と言った。

 

因みに、彼は青森のりんご農家の倅である。

 

今、地球上で最もフロリダ州と掛け離れている人物と言っても過言では無い。

 

フロリダにいるはずが無いのである。

 

では、彼はなぜ『フロリダでした』と言ったのか、本人に聞いてみた。

 

彼曰く、『フロリダ』というのは最近の若者言葉で『風呂に入るので離脱』の略語らしい。

 

用法としては、電話やチャットなどの途中で風呂に入る時に『フロリダする!』と言ったり、今回の様に風呂に入っている時に応対出来なかった時に『フロリダでした!』と言うそうである。

 

それを聞いた私は、先輩にどんな口聞いとんねん。と、バックドロップでもかましてやろうかと思ったのだが、凄ぇ事を思い出した。

 

そういや俺、昔チョベリバとか言っていた。

 

物凄ぇ言っていた。

 

 

 

若い読者、あるいはご年配の読者の中には知らん方も多いと思われるが、今から二十年ほど前に、ある一部の世代だけが使う『チョベリバ』という言葉があった。

 

超ベリーバッドの略である。

 

主に、犬のうんこを踏んでしまったりした時に関東人は『チョベリバー!』とか言い、関西人は『めっちゃチョベリバや!』とか言っていた。

 

関西人は大げさな事が美徳とされるので、『超』と『ベリー』の上に、更に『めっちゃ』を重ねるよく分からない文法となるのである。

 

その他にも、対義語である超ベリーグッドの略『チョベリグ』や、マジでキレる五秒前という意味の『MKファイブ』とかもあった。

 

意味が分からない。

 

五秒後にキレるなら、とうにキレているはずである。

 

とはいえ、なぜ使っていたかよく分からんこの様な言葉達も、小・中学生であった私、あるいは私の周りの友人達は普通に使用し、大人達を閉口させていた。

 

全く定着せず、今ではいわゆる死語となってしまったが。

 

 

 

一方で、死ぬどころかすっかり定着した若者言葉も沢山ある。

 

最たるものが『イケメン』

 

最近は、相当なおばあちゃんや、おじいちゃんだって『兄ちゃん男前やなー』とか『カッコ良いなー』とは中々言わず『兄ちゃんイケメンやなー』とか言う。

 

普段『ちゃんとした言葉を使え!』とかプリプリ怒る部長だって使うのである。

 

怒っている本人が使うという事は『イケメン』は、もはや正しい言葉なのであろう。

 

『アラフォー』とか『ツンデレ』なんかも近いものがあると思う。

 

 

 

そう考えると、正しい言葉とはいったい何なのか。

 

こういう話になると、良く出てくるのが『失笑』と『的を射る』である。

 

まず『失笑』

失笑とは本来、思わず吹き出して笑ってしまう事であり、あきれて鼻で笑う子では無い。

 

だが、私はその様な状態になった時は『失笑した』と言った試しは無く『吹き出した』と言い、忘年会での部長と課長の、右ひじ左ひじ交互に見てには『失笑した』と言う。

 

言うだけでは無く聞く分にもそういう風に理解する。

 

続いて『的を射る・得る問題』 

本来はもちろん『的を射る』が正解である。

 

しかし、重大な会議でナイスアイデアを出して『君の意見は的を得てるなー』と言われた事はあっても『的を射てるなー』と言われた事は無いし、言った事も無い。

 

『役不足』や『取りつく島・暇も無い』も然りである。

 

 

 

正しい言葉とは、一体なんであろうか。

 

言葉とは元来、感情や思想を他者に伝える手段である。

 

その前提として、互いに言葉の意味を理解していないと成立しない。

 

互いに理解していれば、正しい言葉で、どちらか一方、あるいは両方が理解していない言葉は、正しくない言葉という事になる。

 

更にそこに、主観である『美しい・汚い』を加味したものがその人にとっての正しい言葉となるのではなかろうか。

 

多分、的を得ていると思う。

 

 

 

という事は。

 

正しい言葉とは、時代、地域、育った環境等々によって変化するのである。

 

良く考えたら、あったり前の話である。

 

ボブにとっては英語が正しい言葉で、私にとっては日本語が正しい言葉である。

 

そう考えると『フロリダ』だって私の無知であると思うので、バックドロップは勘弁してやろうと思う。

 

 

 

今からおよそ千年前、清少納言は著書『枕草子』の中で、最近町の人々の言葉使いが正しくなくて嘆かわしいと書き、プリプリと怒っていた。

 

しかし、清少納言が正しいと信じて使っていた言葉も現代では一切正しくない。

 

現代で『いとをかし』とか言っていたら、頭が『いとをかし』と思われるはずである。

 

という事は、少なくとも古い言葉が正しい言葉な訳では無い。

 

言葉は常に進化しているのである。

 

 

 

そこで私は考えた。

 

古い言葉の最たるものである、ことわざや慣用句などの中には、現代にそぐわなくなったものも多く存在するのではなかろうかと。

 

ことわざの歴史は古い。

 

確認出来るものだけでも、紀元前より伝えられているものもある。

 

少なくとも、枕草子より倍以上古い時代から存在するという事である。

 

しかも、中国から伝来したものもかなり多い。

 

二千年以上も時代が違い、誕生した地域まで違う言葉が、全て現代の日本に合っていると思う方が不自然である。

 

 

 

上から受けたものを、下へ正確に申し送るのは間にいる人間の使命だと私は信ずる。

 

しかし、上が間違った事を下へ受け継がせないよう、せき止める事も等しく大事な使命だと信ずる。

 

それに加えて、外から入れたものを改良するのは日本人の得意技である。

 

という事で、時代の間にいるものの使命、更には日本人としての誇りを守る為、とてつもなく良い事を思いついた。

 

 

 

 

 

とまぁ、壮大な前振りをしたが結局何が言いたいかと言うと、来週の月曜日から新企画を始めますよ、という話である。

 

今まで当サイトでは、毎週木曜日にエッセイともコラムともいえる様な記事をアップしてきた。

 

お陰様でこれまでたくさんの人に読んで頂いた。

 

で、せっかくたくさんの人に読んで頂けるならと、やりたい事が出来た。

 

ことわざや、慣用句への挑戦である。

 

こういった言葉達は、大昔の偉い人が言った有り難い言葉を、後人達が脈々と受け継いできた。

 

もちろん、ためになる言葉もたくさんあるのだが、中には首を傾げたくなるものも多数ある。

 

『善は急げ』と『せいては事を仕損じる』等、どないせいっちゅうねん。というものまである。

 

そこで。

 

過去の偉人達が残したであろう、ことわざなどを現代風にアレンジして辞書を作りたいと思った。

 

題して『月曜日の辞書』

 

毎週月曜日に世の中にあることわざや慣用句を現代風にアレンジしてアップしていく。

 

只今製作中であるが、自分で言うのもなんだが結構面白い。

 

 

 

という事で。

 

当サイトは、来週から週に二度の更新になります。

 

月曜日は新企画『月曜日の辞書』

 

木曜日は今までの調子で『木曜日のお話』

 

これからも『ここで会ったが木曜日』をどうぞ、宜しくお願い致します。

 

私は汗をかいたので、この辺りでフロリダします。

 

 

そんな、宣伝の話。