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森猛 伊亮

森猛 伊亮
中学校卒業後、不動産屋や大工、果ては証券屋やボーイなど様々な経験をつみながら、デンジャラスかつクレイジーな生活を経て、2013年より独立。

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再見の話【前編】

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【この記事は約10分で読めます・約4000字】

 

 

 

『再見』と書いて『ツァイツェン』と読む。

中国語で、さようならという意味である。

 

字面・音の響き・漢字の意味、どれをとっても極めて美しい言葉であり、この言葉一つだけで十分に中国人の叡智を感じる。

 

流石、四千年の歴史は伊達では無い。

 

 

 

今から十年程前。

 

私は、大阪の不動産屋に勤務していたのだが、その会社の近くには中国人留学生が数多く通う日本語学校があった。

 

この日本語学校は特殊な制度で、1月・4月・7月・10月と年に四度の入学式があり、その度に百名程の外国人留学生達が入学し、そのおよそ八割は中国からの留学生であった。

 

彼らのほとんどが入学と同時に学校が用意する寮で暮らし始めるのだが、この寮は相場と比べると賃料が高く不便な場所にあり、肝心の学校からも少し距離が離れていたので、半数位の留学生が入学して半年程で退寮し、自分で探したマンションへと転居する事になる。

 

私が勤めていた会社を含めて近隣の不動産屋は、彼等の引越し需要を取り込む為に各社躍起になって営業合戦を繰り広げていたのだが、ある日を境にこの中国人留学生達の転居は暫くの間、ほとんど独占的に私が手掛ける事になった。

 

 

 

きっかけは、王(おう)さんという一人の中国人留学生の来店であった。

 

彼もご多分に漏れず不便な寮を退寮する為、転居先を探していたのだが、私が勤めていた店へ来る前に他の不動産屋へ行ってみたらしい。

 

その不動産屋では三軒のマンションを内覧して、その内の一軒が気に入ったので契約しようとしたのだが、入居審査に落ちてしまい契約を断られとの事であった。

 

一応日本の法律では、外国人という事を理由に入居審査を落としてはいけない事になっているのだが、家主は審査落ちの理由を明示する義務は無いので、実情としてこういう事はよくある。

 

彼等は母国から遠く離れた日本で暮らす事に淋しさを感じるのか、悪気は無いと思うのだが、学校やバイトが終わると誰かの部屋に集まり、夜な夜なプチ宴会を開催する習性があるので、同じマンション内に住む人からの騒音苦情が結構な頻度であったりする。

 

それ以外にも、一部の悪質な外国人は家賃などを滞納して知らぬまに母国へ帰っていたり、もっと悪質なケースでいうと、自分が契約者となって不法滞在の知人を住まわせたりする例もある。

 

そういった事が起こると、家主としてはマンション経営に致命的な痛手を負う為、ハナっから外国人を避ける家主は多い。

 

だが、そんな細かい事情が王さんにわかるはずもない。

 

更にこの入居審査というものは、あくまで家主が行うものなのだが、王さんは何を勘違いしたのかはわからんが、その時に行った不動産屋に契約を拒まれたと認識しており、自分はどの物件にも引越し出来ないんじゃないかと思って、私の勤める店にきた時には絵に描いたようなしょんぼり顔をしていた。

 

王さんは来店するまでの経緯を、たどたどしい日本語で説明し、最後に『ワタシノスメルイエハアリマスカ?』と、悲しそうに言った。

 

勘違いとはいえ、とてもかわいそうである。

 

が、この少し前に私が会った彼よりかわいそうな人物によって、王さんの悩みは完全に解決する。

 

そのかわいそうな人物とは、王さんの通う学校の近くにマンションを保有する家主であった。

 

当時はリーマンショック直前のプチバブルが到来しており、猫が不動産屋をしても儲かる時代であった。

 

もっとも、そんな時代であった事は振り返ってみて初めて気づく事であり、当時はまさか今がバブルという認識が出来る奴はほとんどいなかったので、私を含めた不動産屋はみんな、自分は時代の寵児か何かだと勘違いをしていた。

 

猫よりも好き放題に生きていた私などはその後、ものすげえ悲惨な事になるのだが、兎に角その当時は好景気だったので、儲かる案件がゴロゴロ転がっていた。

 

ゴロゴロ転がってはいても、中には胡散臭い案件も数多く紛れているので、本来は案件を手掛けるにあたり、一つ一つ慎重に見極めないといけないのだが、そんな事をしているとおいしい案件はよそに持っていかれるので、誰がハズレを引くか殆どババ抜き状態であった。

 

そんなババ抜きバトルロワイアルの中、見事にババを引いたのが件の家主であった。

 

この家主が格安で取得したビルは、総戸数百室程のワンルームマンションである。

 

このビル。

建物の構造や設備などは申し分無いのだが、立地条件が厳しかった。

 

王さんが通う学校から自転車で五分もかからないその場所は、飲み屋街のど真ん中であり、なかなかファンタスティックな場所であった。

 

この飲み屋街は、他の歓楽街と比べても結構異色の街で、働く人々の殆どがフィリピンや韓国からの出稼ぎ組で、その殆どが偽造結婚などで入国している不法滞在者である。

 

滞在そのものが不法な人達が多い為か、日本国内なのに異国情緒溢れるこの街の治安はかなりアナーキーな事になっており、不法滞在者の一斉摘発など日常茶飯事で定期的に発砲事件まで起きる始末である。

 

当然、そういう街に好き好んで住む人はあまり居ないので、この街にマンションを所有する家主は入居者集めに苦労する。

 

しかも、件の家主が取得したマンションは、取得時には五十名程の入居者がいたのだが、実はそのほとんどがある飲み屋で働く人たちの寮として使用されていた。

 

取得後、この店に入館管理局が立入検査をしたのだが、従業員のほとんどが不法滞在だったので最終的に入居者は二人しか残らなかった。

 

入居者のいないマンションなど只々税金がかかるだけなので、家主はとても困っていた。

 

そこで家主は、近隣相場に照らし合わせると五万円位するこのマンションの賃料を思い切って三万五千円まで下げ、敷金礼金も無しにするから何とか入居者を入れてくれ、と色んな不動産屋を回っていた。

 

調査不足とはいえ、物凄ぇかわいそうである。

 

 

そして私は、とてもかわいそうな王さんを、物凄ぇかわいそうな家主が保有するマンションへ環境はよろしくないよと案内したのだが、王さんはこのマンションをとても気に入ってくれた。

 

立地条件を除けば最高の条件なので、王さんが気に入るのは当たり前であるが、日本人からすると多少の違和感を覚える異国情緒満載のこの街は、中国人の王さんからするととても居心地が良いらしく、加えて学校からも近いので、彼にとっては最高の立地であった。

 

家主に入居希望の連絡を入れると、もちろんすぐに入居審査承認となった。

 

王さんはとても喜んでくれた。

 

あんまり嬉しそうなので、なんだか私も嬉しくなり、通常家賃の半額分もらう仲介手数料を五千円にオマケした。

 

実は、不動産屋というのは契約が成立すると、入居希望者から家賃の半月分の手数料をもらうのに加えて、家主から家賃の一ヶ月分程度の謝礼をもらう。

 

だが、この家主は入居者集めにとても困っており、一軒契約が成立すると十万円の謝礼を払うという契約になっていたので、王さんからの手数料をオマケしたところで私は痛くも痒くも無かった。

 

もちろん、王さんにそんな事情がわかるはずは無いので、王さんは更に喜んでくれた。

 

その後急いで契約手続きを進め、三日後には鍵の引渡しをする事になったのだが、その際、王さんからお礼がしたいから新居にこいとお招きされた。

 

それから一週間ほど過ぎた頃、仕事終わりに焼酎を携えて王さんの新居へ行った。

 

王さんは、日本の餃子は美味く無いから本場の餃子を作ってくれると言う。

餃子好きの私はワクワクしながら大人しく出来上がりを待った。

 

暫くして食卓に出てきたのは、日本でいうところの水餃子であった。

王さん曰く、餃子を焼く文化は中国にはあまり無いらしい。

 

見た目はあまり美味しくなさそうだが、王さんは自信満々なので一口食べてみた、、、

 

 

本場の餃子は、びっくりするほどマズかった。

 

びっくりするほどマズかったが、一生懸命作ってくれた気持ちがとても嬉しかった。

 

笑うほどマズい餃子だったので、もしかしたら王さんは日本の餃子を勘違いしてるんじゃ無いかと思い、私が世界一美味いと信ずる近くの某中華料理チェーンで餃子を買ってきて王さんに食べさせてみたのだが、王さんにとってはその餃子が笑うほどマズいらしい。

 

私達は、お互いの餃子をマズいマズいと笑いながら食って、酒を飲み交わした。

 

餃子の好みは全然合わない私達であったが、不思議なくらい妙に気が合った。

 

どこかおっとりとしてのんびり者の王さんと、せかせかと落ち着きの無い私は、日中の餃子くらい正反対の人間であった。

 

しかしながらその晩は、それまでのお互いの人生や、これからの夢などを明け方まで語り明かしたとても楽しい一晩であった。

 


 

その晩から数日後、王さんは中国人留学生を十人ほど引き連れ、私が勤務する不動産屋に突如姿を見せた。

 

一瞬、母国の料理をディスられた怒りで殴り込みにきたのかと思ったが、王さんはニコニコしている。

 

事情を聞くと、一緒に来たのは学校の友達で、全員王さんと同じマンションへ引越したいとの事である。

 

しかも、全員王さんの家を下見しているので、内覧の必要も無いという。

 

すぐに家主に連絡したら、家主はたいそう喜んだが、突然百万円以上の売上げが出来た私は、その三分の一が自分の給料になるのでもっと喜んだ。

 

突然の臨時収入を喜んだ私は、三万円の紹介料を王さんに渡そうとしたのだが、それならみんなの手数料を安くしてやってくれと彼は言った。

 

彼はとても偉い人である。

王さんは、そういう人であった。

 

王さんの優しさを粋に感じた私は、全員の手数料を十円にした。

 

もちろんみんなが喜んでくれた。

 

その後、同じ様な事が何度となく有り、私は彼達と歳が近かった事もあって、とても仲良くなっていった。

 

このマンションに元々住んでいた住人二人は二階に住んでおり、留学生達は何故か高い所が好みらしく、最上階の十階から順に入居していく。

 

その為、夜な夜な誰かの部屋で行われるプチ宴会を開催しても苦情が出るはずも無く、私も週に一度はこのプチ宴会に参加して楽しい時間を過ごしていた。

 

あんまりにも楽しすぎて、一時このマンションへ自分が住む程であった。

 

 

 

 

来週へ続く