ここで会ったが木曜日

木曜日は『木曜日の話』月曜日は『月曜日の辞書』

森猛 伊亮

森猛 伊亮
中学校卒業後、不動産屋や大工、果ては証券屋やボーイなど様々な経験をつみながら、デンジャラスかつクレイジーな生活を経て、2013年より独立。

詳しいプロフィールはこちら

使命の話

f:id:kokomokumoritake:20190528124253j:plain

【この記事は約7分で読めます】




我が家には、おもち君というシーズー犬がいる。

 

このヘンテコりんな名の愛犬は、今からちょうど三年前に我が家にやって来てくれた。

 

五年前の年末に、義母と妻が溺愛していた先代の愛犬アイスちゃんが亡くなってしまい、家庭内は失意のどん底であった。

 

特に洋品店を営む義母は、ほぼ毎日アイスちゃんを店に連れて行っておったので、十四年もの間、家でも職場でもほとんどの時間を共にし、娘の様にアイスちゃんを可愛がっていた。

 

そんな義母の悲しみは大変深く、普段は明るく朗らかな人なのだが、暫くの間は思い出しては涙を流し、写真を見ては涙を流す悲しい時間が続いた。

 

義母は、こんなに悲しい思いは二度としたくないので今後は犬を飼う事は辞めると宣言していたのだが、悲しみに明け暮れる姿を見るのが辛かった私と妻は、アイスちゃんの死から一年以上が過ぎる四月の義母の誕生日に、新しい犬を飼うことを決めた。




しかし、この計画は思った以上に難航する。

 

そもそも妻は無類の動物好きである。

 

テレビに動物が出ていれば画面にかぶりつきで、動物園に行った際には『虎になら食べられても良いよね』などと、よくわからないことをつぶやくほどである。

 

しかも犬に対しての愛情はことさらに深く、『めざましテレビの今日のわんこ』は必ず毎日鑑賞し、結婚前から現在に至るまでデート中であろうがペットショップがあれば、私をほっぽらかして犬の元へ駆け寄っていく。

 

デート中にほっぽらかされて、亭主へ見せる以上の、とびっきりな笑顔を犬に向けられる私は大変可哀想である。

 

そんな犬愛に溢れる妻はペットショップを覗く度に『あの子かわいい、あの子賢そう』等と言いながらいつもデレデレしているので、私は次に飼う犬はすぐに見つかると勝手に思っていた。

 

しかし、そうは問屋が卸さない。




犬を飼うということは、即ち家族が増えるということである。

 

物ではないので、家に来てからいらないなんて事は出来る道理があるはずもなく、少なくとも十年以上は生活を共にする、言わば養子縁組である。

 

世の中では血を分けた親と子ですら互いに気が合わず絶縁する事もままある。

 

ましてや我が家は犬語を解する妻を有すとはいえ、新しく家族となる犬とは血縁どころかそもそも種族さえ違うので、よっぽど気の合う相手で無いとお互いにとって良く無い。

 

気が合わない奴と同じ屋根の下に暮らすことが、どれだけ難しい事かを私は経験からよーく知っている。

 

そう考えると、新しい家族探しは慎重を極める。




私達夫婦の新しい家族探しは、四月の義母の誕生日に向けて前年の年末頃から始まった。

 

まず、住まい近郊のペットショップをしらみつぶしに見て回わり、インターネットでの情報収集も怠らなかった。

 

いつも妻に付き合って何気なく見ていたが、改めて見て回ると、どこのお店にも沢山の犬がいる。

 

先代のアイスちゃんがシーズー犬であったので、シーズー犬をメインに探していたのだが、色々な犬種がおり、中にはミックス種と呼ばれる『マルチーズとチワワの子供』の様に両親が違う犬種という犬までいた。

 

犬種や個体により本当に多種多様な個性があるのだが、そのほとんどが生後半年以内の仔犬であり、総じて言える事はとにかく、全員がかわゆい。

 

成犬になると体が大きくなる犬種であっても、生後間も無くのこの時期はみな小さくてフワフワで、まるでぬいぐるみの様である。

 

妻はずっとデレデレしており、私も幼年期に犬と過ごした事があり、実は嫌いではない。

 

二人して仔犬の群れにデレデレしており、このままでは行く店行く店にいる仔犬を全員連れて帰りそうな勢いであった。

 

しかし、私はムツゴロウさんでは無いので広大な敷地も所有しておらず、自分が食うのに必死であるので、まさか全員を食わせる甲斐性もない。

 

そもそも、義母を元気づけるという目的であるのに、家に大量の仔犬がいたのでは世話好きの義母はむしろヘトヘトになってしまい、意味がわからなくなってくる。

 

私の甲斐性、義母の体力から考えて我が家に迎え入れることが出来るのは、どう考えたって一人である。




優柔不断な夫婦の家族探しは益々混迷を極め、結局は三月になるまで二人でデレデレしているだけであった。

 

こうなってくると、何も無理をして義母の誕生日に合わせずとも、縁のある子が見つかるまでのんびり探してみようという事となり、私達は新しい家族の捜索を打ち切った。

 

さて、ここから話は変わる様で実は全然変わらない。

 

私は仕事柄出張が多いので家に帰るのは実質月に三日程度である。

 

普通は月に一度程度、この時間を使って洗剤やシャンプーなどの重たい日用品を買い込むのが我が家の習慣である。

 

その貴重な時間を、この三カ月間は全て新しい家族の捜索に注ぎ込んでいたので、日用品などを買いに行く暇がなく、我が家の倉庫はスカスカであった。

 

ということで、捜索を打ち切った次の休みに私達夫婦は近くのホームセンターへ買い出しに出かけた。

 

何しろ三カ月分の買い出しである。

 

山の様なティシュペーパーや洗剤をしこたま買い物カゴに入れ、会計を済ませて車に詰め込んだ。

 

二人共にクタクタになったので喫茶店にでも行こうかという話になったが、見渡す限り近くに喫茶店も無く、探す元気も無かったので自動販売機でコーヒーを買うことにした。




駐車場から自動販売機まで歩いて行くと、自動販売機の側面にペットコーナーのポスターが貼ってあった。

 

買い物に必死で気づかなかったが、このホームセンターにはペットコーナーがあるらしい。

 

しかし、この三カ月探し倒しても見つからないものが急に見つかるとも思えず、しかもこの日は大変疲れていたのでそのまま帰ろうかと思った。

 

だが、コーヒーを飲んだせいか私が急に尿意を催したので、トイレに行く為に店内に戻り、ついでに二人でペットコーナーへ向かう事にした。

 

もちろん、ここにも小さくてモフモフのかわゆい仔犬達が沢山いたのだが、何か違和感を感じる。




小さくかわゆい仔犬達の中に、一人異彩を放っている奴が居た。

 

まず、体がでかい。

 

そいつは見た目からするとシーズー犬のはずである。

 

シーズーとは小型犬であるので、生後三カ月位はほぼ両手に乗る位のサイズのはずである。

 

しかし、目の前にいるそいつはゲージに張り出されている情報によると生後三カ月と記されているが、どう見ても抱えなければ持ち上がらない大きさであり、他の子と比べるとふた回りはでかい。

 

そして、仔犬のシーズー犬の顔は大体がふわっとした優しい顔をしているのだが、そいつは凛々しいキリッとした立派な眉があり、まるで侍の様な顔をしている。

 

で、私は妻とは違い犬語は解さぬが、この侍は目が合った瞬間に直接脳内に語りかけてきた。




『そこ行く人、少し待っては頂けぬか』


根っからの商人である私は結構ビビったが、まさか生後三カ月の侍に斬られる事はあるまいと話をする事にした。

 

私『これはこれは、見たところ立派なお侍の倅さんとお見受けするがどうなされた?』

 

侍『私は三男の為、家を継ぐ事なく父母に見送られ、奉公の旅に出る事になったのですが、もうすぐ四カ月の時が流れようとしておるのにまだ奉公先が決まっておらぬのです』

 

私『左様であるか。しかし、その様な立派な体を持ち、凛々しい顔をしておるのにまだ奉公先が決まらぬとは何故であろうか』

 

侍『人間の侍と違い、私達の世界では体が小さな方が可愛いくて良いとされている様なのです。一緒に産まれた他の兄弟達は皆体が小さくすぐに奉公先が決まりましたが、私なんぞほれ、上の方を見て下され。10%オフなどとされております。』

 

私『左様であったか、、、しかし我が家は先祖代々の商家である。しかも我が家に来る者には婆様とたわむれるという大変な使命があるが、そちは武家から商家に来る覚悟はおありか?』

 

侍『もちろんでございます。武家とは本来何かを守るもの。そこには意地も外聞もあってはなりませぬ。喜んでこの刀を置き、そこ方の家を守りとう存じます。それでこそ父母に顔向け出来るというものでございましょう。婆様とたわむれるという使命。是非とも私に』

 

私『その心、しかと受け止めた。是非我が家入り、私の息子として使命を果たしてくれ』




と、まぁこんなやり取りがあった事など妻は知る由もないはずである。

 

が、今までの犬は見ているだけだったものが、この侍は抱いてみたいと言い出し店員さんにゲージから出してもらった。

 

そして、抱いた瞬間。

 

『この子が良い』

 

と、いきなり言った。

 

夫婦の意見が突然一致した奇跡の瞬間であった。

 

こうしてめでたく家族が増えた。




誕生日に突然家族が増えた義母はたいそう喜んだ。

 

家族会議の末、先代がアイスなので何かデザートの名前にしようとなったのだが、この顔はどう見てもチョコでもクッキーでも無いということで、この新しい家族は『おもち』と名付けられた。

 

このおもち君。

 

家に来た三年前と比べると随分と様子が変わった。

 

凛々しい眉の様に見えた目の上の黒い斑点は消えて福々しいエビス顔になっており、侍顔からすっかり商人の様な顔をしている。

 

更に、来た当初は寡黙な武士の様に一切鳴きもせず、やもすると人見知りの様で大変心配したのだが、今や犬、猫、人間、種族問わずに近寄って行き、誰とでも仲良うなる。

 

更に義母や妻とは、たわむれるどころかいつもくっついて離れず甘えており、ガルガルと会話もする。

 

そうした姿を見る度に、出会ったあの日のことはもしかしたら私の妄想ではなく、奇跡的に心が通じ合い、彼は使命を果たそうとしてくれているかも知れない。

 

と、思うのだが流石に親の欲目であろうか。

 

本当のところ彼がどう思っているのかはわからない。




私はこの世に生きるもの全てに、少なからずの使命があると思っている。

 

彼を含めた家族を守る事や、今まで私に携わって頂いた方々に少しでも恩返しをする事が私の使命であると強く信じている。

 

使命を果たすべく日々頑張っていると、色々と大変な事ももちろんある。

 

だが、大きな使命を果たそうと頑張る、彼の小さな背中を見る度に、今日も頑張ろうと強く思う。

 

ただし。

 

彼が好物のキャベツをかじりながらゴロゴロしている姿を見ると、やっぱ気のせいかもと思う事もあるが。

 



そんな、親バカな話。