ここで会ったが木曜日

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森猛 伊亮

森猛 伊亮
中学校卒業後、不動産屋や大工、果ては証券屋やボーイなど様々な経験をつみながら、デンジャラスかつクレイジーな生活を経て、2013年より独立。

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ここに至った話

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私は、メーカーさんの商品を販売代行したり、カタログギフトの企画・販売をする会社を経営しているのだが、過日、神戸にある某メーカーの担当者さんより、とある依頼があった。

 

そのメーカーさんの中堅・若手社員に、物の売り方や仕事に向き合う心構え等を教える為、講演をして欲しいとの依頼であった。

 

私は見かけによらず物凄い人見知りであり、尚且つ高潔無比の恥かしがり屋さんであるので、大勢の人前で、知った風な顔をして物事を教えるなど、大それた依頼は即座に断ろうとした。

 

しかし、私には見かけの通り、乗せられると何でもしてしまうという癖があり、相手の担当者さんに「いやー森猛さんの販売手腕、うちの若手に教えてもらえるとめっちゃ助かりますわー」や、「どうやったらそんな仕事出来るか僕も知りたいですわー」等という、ありふれたおだて言葉を、何故かしっかりと真に受けて依頼を引受けた。

 

私は、何でもしてしまう癖に加えて、物事を物凄く簡単に考える癖も併せ持っている。

 

その時も、まぁいつも自分がやっている事や、今まで諸先輩方や色々なジジイ達に言われてきた事を、皆さんにそのまま伝えるだけで、そんに難しい事でもなかろう。


よしんばトンチンカンな事を言ってしまっても、こんな依頼を持ってきた相手も悪かろう。

最悪間が持たなければ、鉄板の松山千春でも歌えば良かろうと、まあまあ簡単に考えていた。



 

しかしというか当然というか、まったく簡単な話では無かった。


根本的に私は、とても大きな誤解をしていた。

 

まず第一に何故だかは不明だが、私は勝手に相手は五人程、多くても十人程度であると思っていた。

しかし当日、そこそこ大きな会議室にびっしりと人が入っていた。

 

そして、全くの想定外だったのが集まっている人達は全員ひどく真面目なのである。

 

私はたいそう不真面目である。


小学校から中学校まで授業中はお昼寝時間であり、そもそもあまり登校すらしていない。15歳で卒業してからは、デンジャラスかつクレイジーな人生を送ったため、33歳になった現在まで講義・授業の類いを受けたことは皆無であった。


その為、どうせ皆嫌々聞きに来るものだと思っていた。

 

しかしよく考えてみれば、この会社は創業数十年の老舗で、みーんなとても教育の行き届いた精鋭の人達であった。




私が会議室に入るなり、しっかりとした拍手で迎えて頂き、私が前に立つとシーンと静まり、司会の女性がかなり持上げた私の紹介をした後、またまた大きな拍手をして下さった。


そして、拍手が終わるなり全員直角に座りノートを開きだした。

 

”豚もおだてりゃ木に登る”とは、能力の低い人でもおだてられれば案外大きな仕事もやりきるという意味らしいが、おだてられた私は、木に登ぼっている途中でそれ以上登るのが怖くなり、かといって降りるのはもっと怖くなった、とてもかわいそうな豚さんであった。

 

持ち前の恥かしがり屋さんを存分に発揮し、持ち時間1時間半の内、冒頭の10分は地獄であった。


始まりから頭の中は真っ白で、自分で何を言っているのかも理解できずにモソモソと話した。

長時間自己紹介等をしたと思ったのだが、4分しか過ぎていなかった。

 

一瞬、必殺千春のスキンヘッドズラとサングラスが脳裏に映ったが、一番後ろに座る役員とおぼしき方々が目に入り、寸前で思いとどまる。

 

もう、この瞬間全員が突如インフルエンザにかかればいいのにと思った。



 

そうこう思いあぐねている間に、先頭の若者が目に付いてびっくりした。


その若者は、私が社会人になりたての当時、生まれて初めて持った部下に瓜二つであった。


その部下は大変賢く、とても優秀な人材であった。


しかし、当時物を売るという以外の全ての能力が壊滅的に低かった私は、彼に指導らしきことは何もできなかった。

そもそもどう接して良いのかすらもわからなかった。


そして半年後、彼は私には何も言わず、私の上司に「森猛さんにはついていけない」と言い残し、ひっそりと去っていった。

 

当時は特段何にも思わなかったが、それから数年が経ち、色々な仕事をしていくうちに、彼に辛くあたったんじゃないかとか、何か出来たことがあったんじゃないか等、色々考えてとても後悔した。




そして今、目の前にいるこの若者は目を輝かせ、私の言葉を聞き逃すまいと必死で耳を澄ましている。


同じ過ちを繰り返すことはとても愚かしいことであるので、こうなれば恥かしいの何のとは言っていられない。


普段自分の部下や後輩に言い聞かせる様に、自分のしてきた事をこの若者に伝えようと考え直した。

 

するとあら不思議。

 

次々と言葉が出てきちゃう。

 

調子に乗って仕事の話やら、自分の半生の話やらを熱意をもって話していると、持ち時間を10分ほど越えていた。




そして後日、意外なことに嘘か誠かは知らないが、講演はすこぶる好評だったらしく、なんと第三回までこの会は開かれた。

 

第三回が終わった後、担当の方々との打上げの席で、「森猛さんは愉快な人生を送られてるんですね、皆に伝える為にこういう会だけでなく、ブログとかしたらええんじゃないですか」てなことを言われた。


私は平成31年2月現在、発売当初ミーハー心で買ったアイフォン4を八年以上愛用し、昨今流行のLINE等も一切使用せずに、取引先等を困らせる筋金入りのメカ音痴の為、ブログとは外国語という以外の情報が無かった。

 

のちに、そんな話はついぞ忘れていたが、先日私の元同僚であり先輩であり、数少ない心からの友人が、長く勤めた会社を退社し独立するという。


その際ブログを始めるとも聞いた。


彼は私と違い、魔法の様にパソコンやスマホを操るので、同僚であった頃には大変助けてもらい、神様のごとく尊敬していた。


その彼のブログを拝見したところ、これがとても面白く、しかも彼はやはり神様であるらしいので、大変多忙にもかかわらずこれを毎日更新していた。


彼曰く、ブログを書くと仕事に良い作用をもたらし、自分自身に革命が起こるらしい。

 

神様の言葉は常に正しいので、じゃあやってみるかと安易に考えたが、私は神様ではなく人間であった。

 

私にとって、ドメインやらサーバーやらの単語は宇宙語に等しく、色々調べているとよくわからん用語が飛び交い、ブログを開設するよりも、火星人に雛人形を販売する方が、容易かつ現実的に思えた。


しかし、わからん事をわからんままにしておくことは人類として火星人に侵略されるより恐ろしいことなので、三ヶ月かけて少しずつ勉強し、ようやくここに至った訳である。

 

ただ、私はやっぱり神様ではないので、毎日では無く週に一度木曜日に更新します。

 

ここで会ったが百年目。

 

宜しければどうぞお付き合い下さい。

 



そんな、始まりの話。