
緊急事態である。
足の裏がカユい。
物凄ぇカユい。
こうなった原因は明確である。
私は昨日からとある地方に出張中なのだが、ここは結構な山奥である。
宿泊中のホテルは、最寄りのコンビニまで徒歩40分という中々マーベラスな場所にあり、日が沈むと明かりも音も無い静かな夜がやってくる。
この町に辿り着くまでの長距離移動に疲れ果てていた私は、ホテルの部屋に到着するなり服を脱ぎ、窓を開けた。
窓からは心地良い風がそよぎ込み、空には満点の星空が広がる。
中々ロマンティックな景色である。
まぁ全裸のおじさんが窓の外を眺めている光景は、ロマティックというより変態チックである。と、いうより変態そのものである。
で、そんな変態おじさんは大変お疲れであったので、直ぐに風呂へと向かった。
フロントの若者によると、折しものコロナ騒動の影響で宿泊客はほとんどいないらしく、大浴場は貸し切りであった。
私は少し熱めの風呂に浸かり、長距離移動の疲れを癒して部屋へと帰った。
その間三十分程であった。
部屋に帰った私はビビった。
めちゃくちゃビビった。
部屋の照明の周りには、かなりの数の蚊が飛んでいた。
いやいやいや、まだ三月よ?
君らあれちゃうの?
TUBEとか、カキ氷とかと共に行動してるんじゃないの?
と思ったが、そこにいるものは仕方が無い。
山奥を舐めて明かりを付けたまま窓を開け、風呂場で能天気に〝兄弟船〟を熱唱していた私が悪い。
で、大の虫嫌いである私は、必至に蚊退治をした。
机の上の新聞紙を丸めて、右へ左へと飛ぶ無数の蚊をばったばったと一匹残らず叩き潰した。
その姿、まるで東山の金さんの如きであった。
そして、一件落着の後に金さんは、すこやかに寝た。
ぐぅぐぅ寝た。
長距離移動と蚊退治という大捕物に疲れて、それはそれはぐぅぐぅ寝た。
窓を開けっ放しで、ぐぅぐぅ寝た。
今朝。
起床すると当然ながら無数の蚊が部屋に侵入しており、めでたく二の腕と足の裏が吸血されていた。
ずいぶんと前からもしやとは思っていたが、多分私はアホである。
で、話は戻る。
緊急事態である。
物凄ぇカユい。
二の腕がカユいのは特段問題は無い。
カユいのなら掻けば良く、至って普通でそれ以上でもそれ以下でも無い。
問題は足の裏である。
物凄ぇカユい。
二の腕の五倍位はカユい。
しかしながら、掻く事が出来ない。
緊急事態である。
私は関東風に言うと『とてもくすぐったがり』であり、関西風に言うと『めっちゃこそばがり』である。
顔、耳、脇、腹、足。
要するに、全身どこを触られてもこそばゆいのである。
私がFBIやら秘密警察やらに所属しており、何か重大な情報を持っていたとして、マフィアに苦痛的拷問を強いられても多分仲間や祖国を売る事は無いが、くすぐられれば二秒も持たずに全てを話す。
それ位くすぐったがりである。
そして他の部位と比べても、取り分け足の裏は弱いので、テメェで触ってもこそばゆい。
物凄ぇこそばゆい。
先程、意を決して当該箇所を掻いてみたが、触った瞬間に全身がフニャフニャとなり、顔がニヤニヤとした。
どうぞ皆さん想像して欲しい。
テメェの足の裏を触りながら、フニャフニャ、ニヤニヤするおじさんを。
全裸で星を眺めるおじさんより変態的である。
もはや変態というより変質者である。
大変キモチが悪い。
大鏡に写ったテメェを見ると、私が警察官であれば確実に逮捕する。
『なんかキモいから』という罪名で十分に起訴出来そうな姿である。
さりとて、カユい物はカユいので、先程から当該箇所を叩いたり擦ったりしているのだが、根本的な解決になっていない。
プクリとあかーく腫れた当該箇所は、ほんのりと温かく、ちんまりと鎮座している。
放置すればカユい、掻けばこそばゆい。
もはや、どうしようも無い。
この状況が過ぎ去る時を、今は只々待つしか無い。
大変歯がゆいし、足の裏もかゆい。
こういう状態は、結構つらい。
私達人間はあらゆる困難に遭遇した時、知恵を絞り、身体を使い、その困難を解決する為に尽力する。
そして、その困難に立ち向かっている時間は懸命であるので、案外困難を意識せずに済んだりする。
しかしながら、解決方法が只々呆然と時間が過ぎ去るのを待つだけ、というのは悲惨である。
懸命になる事すら許されず、困難がただ目の前にあるだけ。
物凄ぇ嫌な時間である。
とは言え、どうしようも無い事はどうしようも無いので、暫くの間は我慢しようと思う。
足の裏がカユいのも、最近のこの騒動も。
そんな、辛抱の話。