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森猛 伊亮

森猛 伊亮
中学校卒業後、不動産屋や大工、果ては証券屋やボーイなど様々な経験をつみながら、デンジャラスかつクレイジーな生活を経て、2013年より独立。

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コロナウィルスに感染してないのにコロナにやられている話

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確かちょっと前まで〝武漢肺炎〟とかいう、おどろおどろしい名前であったはずである。
 
それがいつの間にやら新型コロナ、略して〝新コロ〟なんぞと、チャーミングな名前にトランスフォームしていた。
 
新コロ。
 
 
新型のコロ助みたいである。
 
 
ところがどっこい、この新コロ、キテレツの横にいてナリナリ言っている旧コロとは違い、かわゆいネーミングとは相反して物凄ぇ怖い。
 
何が怖いって、私はこのウィルスに感染するどころか『馬鹿は風邪を引かない』の格言そのままに、至って健康体である。
 
にも関わらず、私は現在この〝新型コロナウィルス〟にやられている。
 
〝ウッ〟てなっている。
 
あらゆる面で〝ウッ〟となっている。
 
 
 
 
まず単純に仕事がトンだりしている。
 
私は百貨店等の小売店やイベント会場等において、色々なメーカーさんの商品を販売する小さな会社を営んでいる。
 
こういった仕事は、集客数が命である。
 
しかしこのコロナ騒動が大きくなるに従い、客足は目に見えて重くなっている。
 
更に大型イベントなどは、イベント会場側に使用を断られたりする事態も起きており、イベントそのものが中止を余儀無くされていたりする。
 
 
結構〝ウッ〟となっている。
 
 
とは言っても、別に会社の業績にダメージを受けている訳ではない。
 
むしろ何故だか分からんが、コロナ騒動前後から物が良く売れる。
 
恐らく、皆さんこの騒動で溜まっているストレスを、お買い物で発散しているんだと思われる。
 
私が〝ウッ〟となっているのは業績とかそう言う事では無くて、なんと言うか。
 
 
この非日常感。
 
 
『仕事がトンだ』という事実が、起きた事自体に〝ウッ〟となっているのである。
 
 
 
 
右を見ても左を見ても、コロナがいるかの如く錯覚するこの状況。
 
テレビやネットなどが報道出来る容量は思いのほか少ない。
 
例えば一時間のニュース番組であれば、大きく取り上げられる話題は多くても三つほどである。
 
その為どれだけ沢山のニュース番組があったとて、大きなニュースがあればそれが繰り返し報道される事となる。
 
 
朝昼晩のニュース番組のトップは全てがコロナ。
 
 
この状況では、まさかこの話題を無視する訳にもいかんので、各局示し合わせた様にコロナのニュースがトップにくる。
 
これはテレビだけに限らず、無限の情報が広がる様に思えるネットでも案外同じで、例えばヤフーのトップページに載っているニュースは、6本の内この稿を書いている今現在において3本はコロナ関連の記事である。
 
 
これは結構〝ウッ〟とくる。
 
 
この様な報道で、コロナウィルスが電波やインターネットに乗って伝染する事はもちろんないが、『コロナの不安』は確実に日本全土に伝染している。
 
ではその様な話題を避ければ良さそうなものだが、予防学習の為か、はたまた怖いもの見たさなのか、なんとなく見てしまう。
 
しかもご丁寧に普段は時事ネタなんぞほとんど書かない私までもが、こうやってコロナ関連の記事を書いている。
 
まさに不安パンデミック、不安の連鎖感染である。
 
 
 
 
こういった状況は何も今回だけでは無く、天災や事故・事件、あるいは芸能人や公人の逮捕や不倫なんかでもよく見られる現象であるが、この度のコロナ騒動はとりわけて様子が違う。
 
 
当事者としての範囲が広過ぎる。
 
 
例えば、天災であれば発生した地域以外は被害も無く、事件・事故においては当事者が明確で、ましてや公人や芸能人の不祥事なんぞは、ほとんどの人々にとって無関係である。
 
が、この度のコロナ騒動は日本国民全員当事者。
 
もっと言うと、世界の人々ほとんどが全員当事者である。
 
テメェ自身が感染したとて死にはせんと、独りよがりにタカをくくっても、自身が感染媒体になるんじゃねぇか、という一抹の不安は感ずる。
 
しかも、逃げ場はほとんど無い。
 
天災や事件・事故と違い、世界のどこにいても当事者となり得る。
 
 
怖ぇよ、新コロ。
 
 
私は仕事であれプライベートであれ、ストレスが溜まり〝ウッ〟となると、温泉やスーパー銭湯に立て篭もる癖を持つ。
 
長い時だと六時間ほど立て篭もる。
 
がしかし、今回の新コロ騒動でかなり〝ウッ〟となっているのにも関わらず、裸の人混みに入るのは何となく気が引けるので、それさえも出来ない。
 
もう〝ウーーッ〟となっている。
 
 
 
 
ストレスは溜まる一方。
 
過日、広島から金沢への出張途中、新大阪で乗り換えの為下車したのだが、日曜日にも関わらず新幹線はガラガラで、新大阪駅構内も人がまばらで閑散としていた。
 
普段とは全く違う光景に、何となく〝ウッ〟となった。
 
みんなストレスが溜まっているのかテレビの中ではコメンテーターなんかが、対応が遅いの、いや良くやったなどと喧嘩をしている。
 
 
その光景を見るだけで〝ウッ〟となる。
 
 
義母であるババ様に誕生日プレゼントとして用意していた旅行も、泣く泣く泣くキャンセルをした。
 
ババ様は大変楽しみにしていたので、とても悲しんだ。
 
 
その姿を見た私は、かわいそう過ぎて〝ウッ〟となった。
 
 
挙句の果てに、よく分からないツーブロックをした北の将軍様が、ドサクサに紛れてミサイルを撃っている。
 
 
何しとんねん。
 
 
 
 
トイレットペーパーが無くなるとか、マスクは予防になるとかならんとか、本当かどうかもよく分からん情報が錯綜している。
 
〝新型〟という事は誰しもが初体験であり、誰しも何が本当なのか分からないという事であろう。
 
人間〝わからない〟というのが一番怖い。
 
みんな表面上、『俺、全然大丈夫。みんな騒ぎ過ぎ!』とか言っても、やっぱりちょっと不安である。
 
みんなが不安であるとイライラし〝ウッ〟となる。
 
しかも〝ウッ〟は、伝染する。
 
 
私なんぞ、この〝ウッ〟に、がっつりと感染して〝ヴゥーーーーッ〟となっている。
 
 
私は全然、全くコロナウィルスには感染していないがコロナにやられている。
 
 
とてもやられている。
 
 
先週と先々週の当連載が、異様に文字数が少なく、持ち前のガッツと明るさとセンスだけでもって書き流したのは、そのせいである。
 
私が悪いのではない。
 
新コロが悪いのである。
 
そう。
 
全て新コロが悪いのである。
 
 
そんな、風評被害の話。