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森猛 伊亮

森猛 伊亮
中学校卒業後、不動産屋や大工、果ては証券屋やボーイなど様々な経験をつみながら、デンジャラスかつクレイジーな生活を経て、2013年より独立。

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ぼくのかんがえたさいきょうの働き方改革の話

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さて、昨年度に施行されたいわゆる〝働き方改革関連法〟であるが、私の至極個人的な感覚でいうと、今のところ賛否両論な感じである。
 
 
というか、賛否否否両論くらいである。
 
 
私の友人の中には働き方改革の旗の下、ガッツリと残業を減らされた影響を蒙り、手取り年収が一割近く減ったヤツがいる。
 
更に報道を見る限りでは、正規労働者と非正規労働者の格差を是正する為に〝正規労働者の手当等を削減する〟というコペルニクスみたいな企業も存在するそうだ。
 
まぁ限られた人件費予算の中で格差を是正するとなると、そうならざるを得ないのかも知らんが、正直な感想としては、『なんでやねん』としか言いようがない。
 
とはいえ私が聞いた事がないだけで、残業時間減って楽になったわー、という人がいるのかも知らんし、非正規労働者の方で賃金が上がった、という人もいるのかも知れないので、私はこの法律が是か否かということはわからない。
 
 
是という話は聞いた事がないが。
 
もう一度言う。
 
是という話は聞いた事がないが。
 
 
まぁ私にはわからない。
 
で、私は思った。
 
件の働き方改革法の是非は一介の商人である私にはわからないが、実は私たちの周りには今すぐに出来て誰も損をしない働き方改革があるのでないかと。
 
政治家でも何でも無いおじさんである私は思った。
 
 
 
 
そこで唐突ではあるが、今週のココモクでは、〝ぼくのかんがえたさいきょうの働き方改革〟と題し、私が考えた身近な働き方改革を三つ提唱したいと思う。
 
勝手に提唱したいと思う。
 
 
 
では、まず一つ目。
 
その案の名はズバリ。
 
『座れるヤツは座ろうぜ案』である。
 
 
私は前々から甚だ疑問であった。
 
 
『なぜスーパーのレジ打ちの人は立っているのか』と。
 
 
同じスーパーの従業員さんでも、品出しとか調理を担当している人が立っているのは分かる。
 
業務の性質上座ることは出来ないであろう。
 
だがしかし、レジを打つ人が立っている必然性を感じられない。
 
その理由を強いて上げるとすれば『座って接客するのはお客様に失礼にあたる』ということなのであろうか。
 
私もレジ打ちの経験が少しだけあるが、確かに座りっぱなしであれば作業がしにくい事がある。
 
しかし、それにしたってずっと立ちっぱなしで作業しているのはしんどい。
 
そもそも我が国には〝座売り〟という麗しい文化があり、今でも呉服や包丁なんかを販売する店は座ったまま商いを行う。
 
私が幼少期に通い詰めた駄菓子屋件タバコ屋の婆様なんぞ、立ち姿を見た事すら稀であった。
 
座って接客することが失礼にあたるはずなど無いのである。
 
これから来る、というかもう既にきている超高齢化社会を鑑みても、座れる職種の人は座れる様にすれば良い。
 
レジ打ちにしろ、ホテルのフロントにしろ。
 
そして、これは今書きながら思ったのだが、もしかしたら、足の不自由な車椅子生活の人なんかも働ける間口が広がるのではなかろうか。
 
 
 
 
では、続いて二つ目。
 
その案の名は『花粉症マスク』案という。
 
 
私の本業は販売業であるので、もちろん接客をする。
 
で、私の仕事仲間に物凄ぇ花粉症の人がいるのだが、彼は春先になると杉だかヒノキだかの花粉でくしゃみが止まらなくなる。
 
とはいえ、私達接客業の宿命でマスクを着けて仕事するのは何となく気が引ける。
 
どうしたって、マスク=風邪のイメージがあるので近くに寄ればうつるような気がする。
 
物凄ぇ偏見であるが、そう思うのは仕方ないと思う。
 
 
そこで私は考えた。
 
 
マスクに大きく〝花粉症です〟と書けば良いのである。
 
 
一目で花粉症と分かる様にマスクに書いてしまえば、お客も不安なく接客を受けることが出来るし、店員も気兼ねせずにマスクを着けることが出来る。
 
これが成功すれば、〝インフル予防マスク〟とか、〝歯の治療中で口腫れてますマスク〟とか何だって出来るはずである。
 
というよりこれが定着すれば、わざわざ文字に書かなくたって、花粉症は赤で予防は緑とか色分けすれば済む話である。
 
何年かに一度巻き起こる、接客業マスク問題に終止符を打つナイスアイディアだと我ながら思う。
 
 
 
 
そして最終三つ目。
 
これは先述の二つの案と比べると実行するハードルが少し高いが、職場によってはやる意義が結構あると思う。
 
名付けて『仕事取っ替え案』である。
 
 
私は二十年ほど販売や営業の仕事をしているが、私を含めた営業系の人間は、まぁエゴイスティックなヤツが多い。
 
目に見える『売上げを作っている』という妙な自負心があるせいか、あんまり言うことを聞かない。
 
しかも、始末の悪いことに営業成績が良いヤツに限ってその傾向が強い。
 
交通費や経費の精算書を中々提出しなかったり、事務方に無茶な期間での資料作成をやらしたり、技術部に無理な納期を押し付けたりする。
 
 
なので。
 
 
一年に一度くらい一週間ほどみっちり、例えば事務課などへ出向に行かせる。
 
すると、一枚の精算書が揃わなければどれだけ仕事が滞るのかや、資料作成がどれだけ大変な事なのか身に染みて分かるはずである。
 
私はかつてこれを実行していた会社に勤めていた事があるが、私がいつも事務方に半日くらいで作ってくれと頼んでいた資料と同等の資料を作成するのに、半泣きになりながら丸々三日間かかった経験がある。
 
いつも何気なくお願いしていたことであったが、以後それまで以上に感謝する様になった。
 
受け入れる側の課も一人にあれこれと教えたりと手も掛かり大変であるが、以後の関係構築を考えると、お互いにとって必ずプラスになると思う。
 
 
 
 
とまぁ文字に起こしてみると、テメェでも実効性があるんだかないんだか、よくわからないものになってしまった。
 
記事タイトルも当初『真・働き方改革の話』なんぞという大それたものであったが、書き進める間に改題した。
 
 
しかしながら、私は案外本気で考えていたりする。
 
 
要するに私が言いたいことは、働き方の改革などは法律なんぞに頼らなくても、相手のことを思い、真剣に考えればいくらでも出来ることがあるのではないかということである。
 
しんどかったら座れば良いし、くしゃみが出るならマスクを着けようぜということである。
 
本気でやろうと思えば出来ないはずは無い。
 
雇用するものとされるものは、決して敵ではないはずである。
 
 
そんな、改革より改善の話。