ここで会ったが木曜日

木曜日は『木曜日の話』月曜日は『月曜日の辞書』

森猛 伊亮

森猛 伊亮
中学校卒業後、不動産屋や大工、果ては証券屋やボーイなど様々な経験をつみながら、デンジャラスかつクレイジーな生活を経て、2013年より独立。

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神回の話(再アップ)

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当サイト、『ここで会ったが木曜日』は、今年の二月より、〇〇の話、あるいは〇〇な話などと銘打って、よく分からんエッセイやコラムを毎週木曜日に更新してきた。

 

筆者である私は川端康成ではないので、何を書くのか天からヒラヒラと舞い降りる事は絶対に無く、毎週何を書けば面白いかとウンウンと唸りながら、時には壁にガンガンと頭突きをくれながら考え、極めて貧困な発想力から文章を絞り出している。

 


だがしかし、遡ること数日前。

 


いつもの様に何を書こうかとウンウンと考えており、そろそろ壁頭突きをかましてやろうかと考え始めた矢先、突如として素晴らしく完璧な話を思いついた。

 

その話は、極めてエキセントリックでファンタスティック、それでいてアメージングでビューティフォーな話である。

 

つまりはめちゃくちゃ面白く、かつ洗練された美しい話であり、誰にとっても為になり、更に文学としても不思議なくらい調和のとれた完璧な話である。

 

この話を掲載するとなると、今週の当サイトは間違いなく、いわゆる神回というヤツになる。

 


いや。

 


おそらくそんな小さな事では話はおさまらない。

 

古くは清少納言が書いた『枕草子』から始まった、日本のあらゆる人物が執筆してきた歴代エッセイと比べてもかなり秀逸な名文である。

 

ボブディランの音楽が第三の文学としてノーベル文学賞を受賞したことを鑑みても、日本人として三人目、エッセイとしては史上初のノーベル文学賞を受賞しても何ら不思議のないくらい完璧な話である。

 

毎年、『ノルウェイの森』を片手に速報を待つ村上春樹ファンには大変申し訳ないが、この話を掲載するとなると、おそらくそれくらいの騒ぎにはなる。

 


 

 

が、その前に皆さんに一つ聞いて欲しい話がある。

 

その完璧な話を思いついた正にその日、義母のババ様と家内は親子水入らずのお買い物と食事に出掛けて、私は自宅で愛犬おもち君とお留守番をしていた。

 

家内達は暑いので日が落ち始めた夕方から出掛け、夜の十時頃には帰って来るとのことであった。

 

良い子でお留守番をしていれば、おもち君にはねじねじガム、私には明太子をお土産に買ってくるとの約束である。

 

二人が出掛けた後、件の素晴らしい話を思いつき、さぁ原稿にしようかと思ってパソコンに向かったところで、おもち君が散歩の催促をしに来た。

 

いつもは朝に行くのだが、この日は寝坊し、さぁ散歩に行こうかと思った時には日差しが照りつけており、小型犬のシーズーであるおもち君にはアスファルトが熱かろうと思い、夕方にお散歩することになっていた。

 

私はそんな事はさっぱり忘れていたのだが、おもち君はもちろん覚えていた。

 


時刻は夕方六時である。

 


散歩をサボって明太子が無しになるのも悲しいし、何より前日は土砂降りの雨でお散歩が中止になっていたおもち君の切ない顔を見るのも忍びないので、私とおもち君は散歩へと出掛けた。

 

しかし暑い。

 

いくら夕刻になり日が落ちてきたとはいえ、外は暑く、前日の雨の影響か湿度も半端ではない。

 

凄くムシムシする。

 

が、前日お散歩おあずけを食らっていたおもち君はとても楽しいらしく、散歩コースの河川敷に着いた途端に全力疾走し始めた。

 

少し前まではそうでも無かったのだが、三歳半になるおもち君は最近大人の身体になってきており、走るととても早い。

 

それに引き換え、少し前まではそうでは無かったのだが、三十三歳半になる私は最近おっさんの身体になってきており、走るととても遅い。

 


付いていくだけで精一杯である。

 


その後、走ったり歩いたりを繰り返すがおもち君は中々飽きず、三十分ほど散歩をする。

 

物凄く暑く、汗がダラダラである。

 

 

 

帰ってすぐにおもち君の足を洗い、私もシャワーを浴び、部屋着に着替えた。

 

クーラーは全開であるが体は熱い。

 

ふとおもち君を見ると、流石にバテて体が熱いのか、お腹を冷たいフローリングの床にくっつけて、べったりと伏せている。

 



物凄ぇ気持ち良さそうである。

絶対に気持ち良さそうである。

めちゃくちゃやってみたい。

 



だが、人間の人間たるゆえんは服を着ているという事である。

 

外を全裸で歩くと立派な犯罪であるし、いかに自宅の中とはいえ、家族に見られて変態扱いされるのも、ちと困る。

 

しかし時刻はこの時点で七時過ぎ、ババ様達が帰ってくる十時にはまだまだ余裕がある。

 

そして、目の前にいる唯一の家族は恥ずかしげも無く全裸でフローリングにくっついている。

 

もう迷う理由はどこにも無い。

 


私は全裸になってフローリングにくっついた、、、

 


思った通りである。

 

めちゃくちゃ気持ち良い。

 

少しすると熱がこもるが、その度に少し場所を移動すると、また冷たい気持ち良さが復活する。

 

尋常ではない気持ち良さである。

 

もう、フローリングと一体になろうかしらと思うくらいの気持ち良さである。

 

 

 

しばらくそんな事をしていると、おもち君が晩飯を催促してきた。

 

そういえば私も腹が減ってきた。

時刻は八時前である。

 

しかしこの高揚感は、一体どうした事であろうか。

 

自宅で服を着ていないというだけで、開放感からか妙にテンションが上がる。

 

もしかしたら、私の前世は裸祭りなのかも知れぬ、と訳の分からん事を思う程のテンションである。

 


ノリノリである。

ちょっと小躍りをしたりした。

 


そして、ノリノリ全裸おじさんのまんま鼻歌なんぞを歌いながら、おもち君のご飯を用意し、家内が作り置いた麻婆豆腐と餃子をレンジで温めた。

 


これは美味い。

全裸で食う飯はめちゃくちゃ美味い。

 


もうテンションはマックスである。

 

麻婆豆腐が太ももに落ちて物凄ぇ熱くても、さして気にならん程のテンションである。

 

そしてそのテンションのまま、何となくテレビをつけると、最近調子の悪い我が巨人軍が負けている。

 

ちょっとテンションが下がりかける、、、

 

と、思ったのも束の間。

 

次の瞬間、巨人の選手が同点に追いつくホームランをかっ飛ばす。

 

もう、一人裸祭りである。

 

私は全裸で渾身のガッツポーズを決めながら、立ち上がってウォーっと叫んだ。

 


 

 

と、ここまでは良かった。

 

ここまでは良かったのだが、ウォーと叫んだ途端に、麻婆豆腐に入っていたネギが気管の変な所に入って、私はゴホゴホと咳込んだ。

 


物凄く苦しい。

 


そして、ゴホゴホと咳込むうちに、またネギが違う気管に入ったらしく、クシャミまで出た。

 

咳とクシャミで私の気管周辺はパニックである。

 

そして、咳クシャミパニックを起こしたその約二秒後。

 

どういう原理か分からんが、突然鼻血が出た。

結構出た。

 

錯乱した。

 

そして、その約二秒後、、、

 

 

 

うんこが出た。

 



おもち君ではない。

 

私のケツからうんこが出た。

 

『ちびった』とか『漏らした』とかの次元の話では無く、しっかりとうんこが出た。

 


これはヤバイ。

 


咳とクシャミと鼻血をかましながら、うんこを出したのである。

 

間違いなく史上最低のピタゴラスイッチである。

 

色々な事が走馬灯の様に頭を駆け巡った。

 

色々な事が駆け巡ったが、まず取り急ぎ、鼻血がついてうんこが乗っかったこのソファーをどうしようかと思った。

 

こんなものを二人が帰ってきて見られたら、明太子どころか家内にはこっぴどく叱られ、ババ様には変態婿の烙印を押されるであろう。

 

それだけは避けたい。

 

どうしようか。

 

次の瞬間、名案を思いついた。

 

 

 

『おもち君のせいにしてしまおう』

 



ババ様、並びに家内はおもち君に激甘である。

 

日頃、犬用トイレで用を足しただけで『おもち君は賢いね〜』とか言って、デレデレした顔で褒める。

 

トイレで用を足すのが賢いということは、ソファでしたとしても、まさか賢いとは言われんであろうが、まぁ許容範囲であろう。

 

息子に罪をなすりつけるのは心苦しいが、息子の心理として父が目の前で叱られるよりはまぁマシであろう。

 

正に名案である。

 

が、この名案には重大な欠点があった。

 

おもち君は小型犬のシーズーであるが、ソファの上に飛び散ったそれは、どう見ても土佐犬並みのそれである。

 



流石に無理がある。

 

 

 

私は焦った。

 

時刻は八時過ぎ。

 

後二時間程で二人が帰ってくる。

 

私はまず風呂場に駆け込み、自分のケツを洗った。

 

そして、急いでソファのカバーを外して風呂場に持ち込み、じゃぶじゃぶと洗った。

 

綺麗に綺麗に、何度も洗った。

 

そして、洗濯機にカバーを放り込み脱水のボタンを押して、自分の身体を拭いた後、しっかりと服を着た。

 

やはり人間は服を着るに限る。

 

そして、雑巾を出して来て、ソファをゴシゴシと洗剤で拭いた。

 

幸い、カバーが防波堤となり本体にまでは余り浸水しておらず、何度か拭くと跡形も無く綺麗になり、ファブリーズもしっかり振り掛けた。

 

そしてすぐに雑巾をよく洗い、スーパーの袋に入れてきつく結びゴミ袋に入れて証拠を隠滅した。

 

すると間も無く、洗濯機のピー音がなったので、カバーを取り出し、家から走って三分程の場所にあるコインランドリーへ向かった。

 

着いた瞬間乾燥機にカバーを放り込み、百円玉を入れて急いで家に帰る。

 

直後に家内からの電話が鳴った。

 

帰宅が少し遅くなるとの報告であり、ホームランの時より盛大にガッツポーズをかます。

 

が、部屋を見回し落胆する。

 

凄ぇ散らかっており、これは叱られる。

 

急いで部屋を片付け、食器も洗う。

 

おもち君はぐぅぐぅ寝ている。

 

必死で片付けが終わった頃、ちょうど乾燥が終る時間だったので、走って取りに行く。

 

家に帰って汚れを確認したが、すっかり元通り、綺麗になっている。

 

二人が帰ってくるまで残り二十分。

 

余裕である。

 

だが、カバーを被せて気づいた。

 

乾燥機の余熱でちょっとあったかい。

 

すぐに扇風機で冷やす。

 

 

 

二人が帰ってくるまで残り五分。

 

流石は私である。

 

細部にまで渡って、これで何もかも全て元通りである。

 

元通りのはずである。

 

しかし、何か胸に引っかかる。

 

片付けもした。

洗いものもした。

鼻血は拭いたし、服も着たし、もちろんうんこも無い。

 

明太子はいただきのはずである。

 

しかし、何か忘れている気がする、、、

 

 

 

そう。

 

このドタバタの衝撃で、あの完璧で素晴らしい話を綺麗さっぱり忘れてしまった。

 

いくら考えても全然思い出せない。

 

何の話か、それ以前にどんな種類の話か、内容はおろか一文字たりとも思い出せない。

 

痛恨である。

 

神回がうんこ回に変わってしまった読者の皆様にとっても痛恨であろうが、ノーベル賞が明太子に変わった私はもっと痛恨である。

 

どうか、前半のあおりを優しい心で許して頂きたい。

 

 

 

人間、やはり苦労せずに手に入れたものは身に付かない。

 

フッと舞い降りた話などで仮にノーベル賞を取ったとて、それは多分自分の力では無いのだと私は思う。

 

地道に努力し、苦労の末に手に入れたものは、たとえ何の賞が与えられなくても、自分の血となり肉となり、ましてや忘れることなど無いのだと思う。

 

なので、私は今日もウンウンと唸りながら面白い話を考え、来年もノルウェイの森を片手に、村上春樹先生のノーベル文学賞受賞をテレビの前で祈りたいと思う。




そんな、いくらカッコいい事を言っても、全裸でうんこするヤツの話は全然頭に入ってこない話。