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森猛 伊亮

森猛 伊亮
中学校卒業後、不動産屋や大工、果ては証券屋やボーイなど様々な経験をつみながら、デンジャラスかつクレイジーな生活を経て、2013年より独立。

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ケンタウロスの話(再アップ)

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私は一見、八方美人の様に見えるが、実のところは六方美人二方ブスくらいである。

 

要するに人の好き嫌いが激しく、嫌いなヤツとは徹底的に距離を取るので、嫌いな二方からはブスに見えると思う。

 

しかしこれは人に対してであり、一般的に指す『好き嫌い』、つまり食べ物の好き嫌いはほとんどない。

 

幼少期に祖母より授けられた『食べ物を残すと目が潰れる』という、明らかに罪と罰が釣り合わんナマハゲ式教育をいまだに信じている節がある。

 

更に社会に出てからは、身から出たサビのせいで極めてクレージーな生活を送っていたので、食うに困る時期が長かった。

 

人間食うに困ると美味い不味い等はどうでもよくなり、腹が満たされれば幸せになるので、好き嫌いなんぞは強制的に無くなるし目が潰れるも怖いので、私は食うに困らなくなった今でも好き嫌いをしない。

 

 


 

しかし、そんな私でもどうしても食えぬものが二つだけある。

 

一つはピータン。

 

初めて食べたのは中学生の時であったのだが、一口食べた途端、あまりの不味さにそれまで食べた料理を全てリバースした。

 

その店のピータンが不味かったのか、はたまたピータン全般が不味いのかは、あのリバースの恐怖以来食べていないので分からんが、あまりの不味さに、こんな物は寿命が十年延びるとか、億万長者になる位の特典でも無ければ二度と食うまい、と心に決めた。

 

 


 

もう一つは、馬肉である。

 

こちらは、味とか食感だとか、そういう問題で食べられぬのではない。

 

私の母は誠にファンタスティックな人物であったので、私には五人位の父親がいるのだが、その内の一人の父が、家から車で二十分程の場所にあった競馬場に当時小学生であった私をよく連れて行った。

 

今思えば、物凄ぇ教育上悪い様な気もするが、私は競馬場に行くのがとても楽しみであった。

 

もちろん私は当時から変な子供ではあったが、今ほどのロクデナシでは無かったので、まさか馬券を買うのが楽しみだった訳ではなく、競馬場内にある『子供広場』なる場所で遊ぶのが目的であった。

 

この子供広場とは、大人達が心置きなく博打が打てる様にJRAが用意したのであろう子供達が遊べるアスレチックや、動物ふれあいコーナーなどがある一日中いても飽きない大変楽しい場所であった。

 

そして、この場所には子供乗馬体験という企画が定期的に開催されていた。

 

乗馬といっても競走馬の様な大きな馬ではなく、せいぜい子供より少し背が高いくらいの小型のポニーである。

 

そしてある日、いつもの様にこの乗馬体験の列に並んで順番を待っていると、待機していたとても愛らしい顔のポニーと目が合った。

 

すると、何故だかは分からぬがこのポニーは突然一筋の涙を流した。

 

今となっては、時にナマハゲの様に非情にもなれる私であるが、当時は純粋無垢な天使であったので、『かわいいポニーが無理矢理働かされてる!』とか思った。

 


なかなか可愛げのある子供である。

 


その後列から抜け出し、以後はこの乗馬体験は眺めているだけとなったのだが、この日からしばらく経ったある日、私は馬刺しなる食べ物と初めて相対した。

 


食えるはずがない。

 


背中に乗っかるのもはばかられる可愛いポニーを食うなど、私には出来なかった。

 

この時から今日に至るまで、馬肉と聞かされただけであの日のポニーの可愛らしい目が思い出され、食べることが出来ないのである。

 

 


 

そんな、意外にメンタルの弱い私であるが、十年程前、おかしな事を言うヤツに出くわした。

 

その日は、当時同じ会社に勤めていた男四人で焼肉屋に行ったのだが、その中の一人は私が物凄ぇ嫌いなヤツであった。

 

少なく見積もってもピータンと同じくらい嫌いなヤツであった。

 

基本的にそんなに嫌いなヤツとは徹底的に距離を取り、関わらないのが私なりの自己防衛なのだが、その日は他の二人と積もる話もあったのであまり気にせず同席する事にした。

 

だが、焼肉屋に入る前から私はすでにイライラしていた。

 

同じ会社と言っても、私は他の三人とは違う支店に勤務していたので、この嫌いなヤツAとはあまり話す機会もなかったのだが、Aは待ち合わせ場所から焼肉屋に行くわずかな時間の中でも、何かと他の二人に対して小バカにする発言を連発しており、改めて『嫌いやわー』とか思っていた。

 

そして、焼肉屋に入店して乾杯を終えた後、店員を呼び注文しようとしたのだが、当時は丁度食中毒か何かの影響で全国の焼肉屋からユッケが消えた時期であった。

 

で、そんな事はすっかり忘れていた私は『とりあえずユッケ』と店員に言った。

 

当然ユッケは無かったのだが、その店員は『牛のユッケは無くなっちゃったんですけど、馬刺しユッケなら出来ますよー』と言った。

 

もちろん私は件の事があり食べられないが、他の三人に聞いたところ、三人は食べるとの事だったので『馬刺しユッケ』を三人前と、その他適当に注文した。

 

すると、店員が去った後にAが『えー!森猛さん馬刺し食べられないんすかぁ?』と、明らかに馬鹿にした口調で言ってきた。

 

まぁイラっときたが、私は他の二人の手前もあり『そうやねーん。色々あって食べられへんねーん』と、ヘラヘラ返した。

 

するとAは、『馬刺し食べられへんなんか考えられませんわ!めっちゃ損してますわ!森猛さん人生半分損してますわ!一回食べてみて下さいよー』とかいう謎理論をブッ込んできた。

 


衝撃である。

 


ほとんど話をした事も無い相手に、自分の価値観を押し付けてくるその態度に何よりも驚いたが、馬刺しを食べられない事が人生の半分が損になるという事は、コイツの人生は半分馬刺しということである。

 

という事は、コイツの半分は馬で出来ているのである。

 

バファリンもびっくりの構成比であり、コイツは多分ケンタウロスなのである。

 

その後食事をしている最中も、自分の価値観をやたらと押し付けてきたイケ好かないヤツであったが、私の頭にはケンタウロスがぐるぐる回っていたので何となく笑って許せた。

 

後に他の二人と三人で食事に行った際、その話をしたのだが彼らはそれを聞き爆笑し、その後彼らの支店でAのあだ名はケンタウロスから取った『ケンタ』となった。

 

小さな復讐であるが、当人は意味も分からずカッコいいと気に入っていたらしいので多分良い事をしたと思う。

 

 


 

しかし、この様に人に価値観を押し付ける『ケンタウロス野郎』は世に結構いる。

 

全然似合わん服を『お似合いですよぉ』と言って、無理矢理売ろうとしてくる比較的罪の軽い『小ケンタウロス』から、『あんなヤツとは付き合うな!』とか、交友の価値観までをも押し付けてくる、被害の大きい『大ケンタウロス』まで様々いるが、今から数年前、私は滅多にお目にかかれない『超特大ケンタウロス』に出くわした。

 

 


 

そいつは、私が中学校を卒業した直後、大阪の夜の繁華街で年齢を誤魔化して働いていた時に知り合った、ホスト崩れの男であった。

 

この男は、件の『馬刺しケンタウロス』とは違い、結構いいヤツで私は好きな男であった。

 

その日、私は東海地方の都市に出張があり、新幹線を降りてホテルまで歩く途中名前を呼ばれ、振り返ると彼がいた。

 

十年振り位の再開であり、私はテンションが上がった。


彼も同様であったらしく、立ち話にて近況を聞き合った。

 

しかし時間も遅かったので別れようとすると、彼は何となく切実な感じで翌日に食事に行く事を誘ってきた。

 

彼の必死さに何となく違和感を覚えたが、別に用事も無く懐かしさもあったので、電話番号を交換し、食事に行く約束をした。

 

次の日、私は仕事を終わらせて待ち合わせた店で彼と落ち合った。

 

食事を始めて一時間ほど思い出話に花が咲いていたのだが、合間合間になんだか良くわからん話を挟んでくる。

 

何となく気持ち悪かったので、思い切って『で、本題はなんや?』と聞いてみた。

 

すると彼は『本題とかは無いんやけど、もし良かったら聞いて欲しい事がある』と言って、話し始めた。

 

グダグダと色んな事を言っていたが、要約すると。

 

昨日私を見かけた時とても不幸そうに見えた。

そして、私の身の回りに不幸な出来事が起きるのは、“なんちゃらの神様”にお祈りをしていないから、だと。

 

それを聞いて『いや俺、めっちゃ幸せやで』と言うと。

 

『それは気のせい。お前にはもっと幸せになる権利がある』とか言い始めた。

 

そして『その幸せを実現するためには、この笛を西に向かって毎日吹くと良い』と言い、なんとその笛を、本当は五十万なのだが昔のよしみで特別に三万円で売ってくれると言うのである。

 


物凄ぇ良いヤツである。

 


昔、少しの期間仲が良かっただけの相手に、四十七万もの大金を損してまで幸せになって欲しいと思っているらしい。

 

 


 

が、私は丁重にお断りした。

 

私は、自ら招いた悪い人生の為に『神も仏もいやしねぇ』と、しっかり確認した事が少なくとも四度はあり、色んな人に助けられて『もしかしたら神様的なものはいるんかも』と、思った事も五度ほどある。

 

そんな私が出した結論は、神様的なもんがいてもいなくても、頑張ってしっかり生きようである。

 

彼が何を信じ、何を目指そうが彼の勝手であるので、それを止めようとも思わんし、まさか友情が無くなるとは思わんが、彼の信ずるものを押し付けられるのは心外である。

 

とかいう会話を延々と二時間ほどしたが、彼は一向に引かなかったので、私は『その笛を買って友情を切るか、買わずにまた飯でも行くかどっちが良い?』と彼に聞いた。

 

すると彼は『お前に幸せになって欲しいから買って貰う事を選ぶ』と言った。

 


もう、ここまでくると流石に感心した。

 


ということで、私は折角なのでとその笛二本売ってくれと言い、彼に六万円を渡し、二本受け取った。

 

そして、一本を叩き割り、一本を友情の証に彼へプレゼントした。

 

店を出る際『二本の笛を吹くお前か、割った俺かどっちが幸せになるか競争しよな』と言ったら彼は苦笑いしたが、私は結構本気であった。

 

その後彼とは一切連絡していないので、二本の笛で二倍幸せになったのかどうかは全然知らんが、少なくとも私は不幸ではない。

 

 


 

昨日、家の近所の焼肉屋のオヤジに焼き方をレクチャーされたので試してみたら、確かに美味かった。

 

これはオヤジの親切心であり、私は美味いものを食べられたので得をした。

 

しかし、もし私が焼肉の焼き方に尋常ではないこだわりがあり、拒否しているにもかかわらずオヤジが焼き方を強要してきたら、それはもう、ありがた迷惑ケンタウロスなのである。

 

人に親切をするという事は、とても尊く大事な事で、人間が人間たらしめたる一つの形であると思うが、それが相手にとって迷惑であれば、それはあたかもケンタウロスの様な化け物にも変化するのだと、私は思う。

 

あの日私がとった行動は、彼にとって果たして人間たる親切になったのであろうか。

 

それとも私もまた、彼にとってのケンタウロスになっていたのであろうか。

 

いまだに考える。

 

 

そんな、親切とお節介の話。